――俺はこんなに、押しに弱かったか…? 回らない思考で考えたのは、それだった。 「伯珪」 酔って舌足らずな、甘ったるい呼び声。 笑ってはいるのだが、目だけ据わり、獲物を窺っているような雰囲気がある。 「なあ…伯珪…」 はなはだ癪で不本意だが――怖い。気味が悪い。 なお悪いのは、酔いが回っているせいか、体がふらつく。 べたべたと触れる、熱い手を振り払うことさえできないのだ。 「伯珪」 それしか言えないのか、と罵りたいのに、唇が重い。 劉虞の、端正だが不気味な笑顔がいよいよ近づいてきた。 「伯珪…怖いのか?」 「は……」 「私が怖いのか?」 どこからそんな自信が湧いてくるのか、劉虞はしらしらと笑っている。 酔いも手伝って、頭に血が上る。 それで少し冷静になったのは皮肉だ。傍らの水差しを掴み、一息あおると、残る大量の水を劉虞にぶっかけた。 「そんな…っ、わけが、あるかッ!」 「…冷たい」 「ハ、当たり前じゃ。少しは目を覚ませ、ばか者!」 長いつややかな髪が、ぽたぽたと濡れねずみになっている様に少しく溜飲を下げながら、公孫瓚はその場を後ずさる。 「…寒い」 「ならば、さっさと着替えに行け、俺に構うな」 「ひどい」 「ひどくない!」 空いていた距離をじりじり詰められ、頭に血をのぼせたおかげで、ついにはひっくり返った。 「くそっ、重い…こら…!」 「んー……」 びしょぬれの頭がのしかかってくる。 重いうえに、水が浸みてきて冷たい。 おまけに、眠気がきざしているのか、劉虞の動きが鈍ってくる。 これはまずい。 「おい、伯――うわっ!」 いきなり劉虞が起き上がり、服のあわい、それも公孫瓚のを、がばりとくつろげた。 「寒い、君のせいだ」 「貴、様…!…いっ…!?」 胸元に擦り寄られて、思わず妙な声が出てしまう。 酔って体温の上がった肌が心地いいのか、しずくが垂れる頬を寄せて、満足そうにしている。 が、おとなしくしていたのは、ほんのしばらくだった。 「…まだ冷たい…」 「あ…?」 肩口まで重く湿った上着をくつろげ、互いの添帯を引き抜いた劉虞の様子に、慌てて起き上がろうとしたが、遅かった。 「ああ、やはり、君は…あったかいな……」 分厚い衣裳を衾の代わりのように引っ掛けただけ、ひんやりと冷え切った肌で抱きつかれて、もう諦めた。 色の白い、背ばかり高い体は、それなりに重さと熱を持っている。 居心地のいい寝具に擦り寄って眠る子供のような、満ち足りた表情を払いのける元気はない。 早いような、ゆったりとしたような、奇妙な鼓動はどちらのものだろうか。 それは酔っているのか、それとも、別の何かで鼓動がはずんでいるのやら。 「だから……重いと…言うて、おる…」 息が上がった己の声が情けない。 ぞろりと胸や腹を這う濡れ髪の感触が、冷え冷えと心地よくなってきた。 辛うじて合わさっていた裾が、彼の太腿で押し開かれても、もう、怒る気力が湧かない。 両脚を絡めてくるのも、くたりと心地よさそうにしているのと同じで、温かい感触を逃すまいとしているだけなのだから。 「…きもちいい……」 「…っ!」 かすれた声を聞いたとき、背筋が微かに疼いた。 けして巧いわけではない、快感より疲労ばかりの情事でも、すべらかな肌を寄せて、微笑のなかで囁かれる言葉は、なにより甘美な記憶となって焼きつく。 今、そんな艶やかな雰囲気など、かけらもないのだけど。 溢れんばかりの絹や繍や、璧、玉飾、錦の硬い帯、金銀の鉤、そういう宝物にうずもれながら、裸のまま抱き合うのは、奇妙で、いかにも自分たちに相応しかった。 「……ばか…」 満足そうに眠る劉虞の呼吸を聞きながら、公孫瓚は小さく毒づいてみた。 |