企画作品集

□睡芙蓉
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――俺はこんなに、押しに弱かったか…?

 回らない思考で考えたのは、それだった。
「伯珪」
 酔って舌足らずな、甘ったるい呼び声。
 笑ってはいるのだが、目だけ据わり、獲物を窺っているような雰囲気がある。
「なあ…伯珪…」
 はなはだ癪で不本意だが――怖い。気味が悪い。
 なお悪いのは、酔いが回っているせいか、体がふらつく。
 べたべたと触れる、熱い手を振り払うことさえできないのだ。
「伯珪」
 それしか言えないのか、と罵りたいのに、唇が重い。
 劉虞の、端正だが不気味な笑顔がいよいよ近づいてきた。
「伯珪…怖いのか?」
「は……」
「私が怖いのか?」
 どこからそんな自信が湧いてくるのか、劉虞はしらしらと笑っている。
 酔いも手伝って、頭に血が上る。
 それで少し冷静になったのは皮肉だ。傍らの水差しを掴み、一息あおると、残る大量の水を劉虞にぶっかけた。
「そんな…っ、わけが、あるかッ!」
「…冷たい」
「ハ、当たり前じゃ。少しは目を覚ませ、ばか者!」
 長いつややかな髪が、ぽたぽたと濡れねずみになっている様に少しく溜飲を下げながら、公孫瓚はその場を後ずさる。
「…寒い」
「ならば、さっさと着替えに行け、俺に構うな」
「ひどい」
「ひどくない!」
 空いていた距離をじりじり詰められ、頭に血をのぼせたおかげで、ついにはひっくり返った。
「くそっ、重い…こら…!」
「んー……」
 びしょぬれの頭がのしかかってくる。
 重いうえに、水が浸みてきて冷たい。
 おまけに、眠気がきざしているのか、劉虞の動きが鈍ってくる。
 これはまずい。
「おい、伯――うわっ!」
 いきなり劉虞が起き上がり、服のあわい、それも公孫瓚のを、がばりとくつろげた。
「寒い、君のせいだ」
「貴、様…!…いっ…!?」
 胸元に擦り寄られて、思わず妙な声が出てしまう。
 酔って体温の上がった肌が心地いいのか、しずくが垂れる頬を寄せて、満足そうにしている。
が、おとなしくしていたのは、ほんのしばらくだった。
「…まだ冷たい…」
「あ…?」
 肩口まで重く湿った上着をくつろげ、互いの添帯を引き抜いた劉虞の様子に、慌てて起き上がろうとしたが、遅かった。
「ああ、やはり、君は…あったかいな……」
 分厚い衣裳を衾の代わりのように引っ掛けただけ、ひんやりと冷え切った肌で抱きつかれて、もう諦めた。
 色の白い、背ばかり高い体は、それなりに重さと熱を持っている。
 居心地のいい寝具に擦り寄って眠る子供のような、満ち足りた表情を払いのける元気はない。
 早いような、ゆったりとしたような、奇妙な鼓動はどちらのものだろうか。
 それは酔っているのか、それとも、別の何かで鼓動がはずんでいるのやら。
「だから……重いと…言うて、おる…」
 息が上がった己の声が情けない。
 ぞろりと胸や腹を這う濡れ髪の感触が、冷え冷えと心地よくなってきた。
 辛うじて合わさっていた裾が、彼の太腿で押し開かれても、もう、怒る気力が湧かない。
 両脚を絡めてくるのも、くたりと心地よさそうにしているのと同じで、温かい感触を逃すまいとしているだけなのだから。
「…きもちいい……」
「…っ!」
 かすれた声を聞いたとき、背筋が微かに疼いた。

 けして巧いわけではない、快感より疲労ばかりの情事でも、すべらかな肌を寄せて、微笑のなかで囁かれる言葉は、なにより甘美な記憶となって焼きつく。

 今、そんな艶やかな雰囲気など、かけらもないのだけど。
 溢れんばかりの絹や繍や、璧、玉飾、錦の硬い帯、金銀の鉤、そういう宝物にうずもれながら、裸のまま抱き合うのは、奇妙で、いかにも自分たちに相応しかった。
「……ばか…」
 満足そうに眠る劉虞の呼吸を聞きながら、公孫瓚は小さく毒づいてみた。




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