企画作品集

□深未
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「泣くな、興醒めじゃ」

 頭上から浴びせられた言葉に、劉虞は我に返る。
 目を開くと、赤い瞳が冷たく見下ろしていた。
「泣くほど嫌か、男に抱かれるのは」
「泣いてなど…」
 言葉が喉の奥でかすれた。鼻の奥がつんと熱い。
 気づけば、目の前が霞む。
 もう、止められなかった。
 嗚咽が漏れぬよう、とっさに口を押さえ、咎めるような紅い視線に顔を背ける。
 公孫瓚が小さく舌打ちしたのが聞こえた。その手が、白銀の前髪を払いのける。
 はっと見開いた目の、澄んだ眼差しが潤んでいる様子は、なかなか美しかった。
「…悪くはない」
 言葉とは裏腹に、浮かんだ微笑みは険しく、暗い。
 それは劉虞に本能的な恐怖を抱かせる。
「何を…する気だ…」
「もう一度、抱きたくなった」
「そんな……」
 前髪を弄んでいた手が肩へとかかるのを、必死に掴んだ。
「待て…約束が違う!」
 約束どおり、身を任せたではないか。
 守る、と言ったではないか。
「ああ、言った」
「それなら…!」
 何か言いかけた唇が、強引にふさがれた。
 無理やり重ねた唇は柔らかい。
 一方的な動きとは裏腹に、ついばむようなくちづけや肌膚を滑る掌の感覚は、どこか優しげだった。
「ん…っ…」
 熱い手が脇腹から臍、薄い腹を撫で、なめらかな腿を押し包むように動く。
 その蠢きが快楽なのかはわからない。
 快楽だと、認めてしまうのが怖い。

 初めて男に抱かれ、苦痛の中で確かに淫楽を覚えたなどと。

 


「俺は貴様が大嫌いだ…優しげで、君子を装う…笑う顔の下で俺を滅ぼそうとしながら…!」
 抱きながら、彼はそう口走った。
 切れ切れの言葉は、まるで泣いているようだ。
 だが、劉虞は応えない、応えられない。
 体を無理やり折り曲げられ、口に出すも憚るような姿で抱かれるのだ。
 なにを考える余裕もなく、ただ、少しでも体を貫く負担から逃れたいと、陸に打ち上げられた魚のように喘ぐだけ。
 腹や内臓を押し上げられる圧迫感、苦しさはたまらない。
 激しく突かれる皮膚の、酷く擦れる痛みには悲鳴を抑えられない。
 そうやって顔を歪め、醜態をさらす様を見て、彼は溜飲を下げているのだろうか。
 その中で、あの、秘所を抉られると、目の前が真っ白になった。
 苦痛なのか、快楽なのか、ほんとうに何もかもわからない。
「…いや…っ…いやだ!…ゃ、だ…怖い…!いやだ…ぁ、っ…!」
 ただ、叫ぶような悲鳴を迎える唇は、その口づけだけは、嘘のように優しいのだ。
「泣くな……。何も…怖れることは、ない…」
 なぜか無性に、公孫瓚が悲しい人であると思えた。
「ぁ…伯、珪……!」
 すがるように掴んだ背が、震えた。
 蕩けきった体が解放され、熟れた唇は息もたえだえに熱い呼吸を繰り返している。
 淫らな愉悦を刻まれた清らかな体を、公孫瓚はどこか呆然と見下ろした。
 夢幻の声だった。
 劉虞が発したのは、まぎれもない、公孫瓚の名だった。
 それまで聞いたことのない、何か求めるような響きが、彼自身の名に込められていた。
「俺の名を呼ぶな……」
 そう言って続けようとした言葉が――思わず己の唇を押さえる。
 “劉虞”という響きが、僅かに禁忌を帯び始めていた。


 冷気が強まっている。
 微かに夜が薄れてきていた。
 冷え切った肩を冷たい銀髪が覆う。
 背中が疼いた。
 劉虞はすでに意識を手放している。
 その体を夜着ごと抱きしめ、わずかに眠ることにした。
 劉虞の声――何かを救い求めるような声は、公孫瓚自身を哀れむものだったか。
 そう察したときには、黎明に二つの影が眠るだけだった。



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