「泣くな、興醒めじゃ」 頭上から浴びせられた言葉に、劉虞は我に返る。 目を開くと、赤い瞳が冷たく見下ろしていた。 「泣くほど嫌か、男に抱かれるのは」 「泣いてなど…」 言葉が喉の奥でかすれた。鼻の奥がつんと熱い。 気づけば、目の前が霞む。 もう、止められなかった。 嗚咽が漏れぬよう、とっさに口を押さえ、咎めるような紅い視線に顔を背ける。 公孫瓚が小さく舌打ちしたのが聞こえた。その手が、白銀の前髪を払いのける。 はっと見開いた目の、澄んだ眼差しが潤んでいる様子は、なかなか美しかった。 「…悪くはない」 言葉とは裏腹に、浮かんだ微笑みは険しく、暗い。 それは劉虞に本能的な恐怖を抱かせる。 「何を…する気だ…」 「もう一度、抱きたくなった」 「そんな……」 前髪を弄んでいた手が肩へとかかるのを、必死に掴んだ。 「待て…約束が違う!」 約束どおり、身を任せたではないか。 守る、と言ったではないか。 「ああ、言った」 「それなら…!」 何か言いかけた唇が、強引にふさがれた。 無理やり重ねた唇は柔らかい。 一方的な動きとは裏腹に、ついばむようなくちづけや肌膚を滑る掌の感覚は、どこか優しげだった。 「ん…っ…」 熱い手が脇腹から臍、薄い腹を撫で、なめらかな腿を押し包むように動く。 その蠢きが快楽なのかはわからない。 快楽だと、認めてしまうのが怖い。 初めて男に抱かれ、苦痛の中で確かに淫楽を覚えたなどと。 「俺は貴様が大嫌いだ…優しげで、君子を装う…笑う顔の下で俺を滅ぼそうとしながら…!」 抱きながら、彼はそう口走った。 切れ切れの言葉は、まるで泣いているようだ。 だが、劉虞は応えない、応えられない。 体を無理やり折り曲げられ、口に出すも憚るような姿で抱かれるのだ。 なにを考える余裕もなく、ただ、少しでも体を貫く負担から逃れたいと、陸に打ち上げられた魚のように喘ぐだけ。 腹や内臓を押し上げられる圧迫感、苦しさはたまらない。 激しく突かれる皮膚の、酷く擦れる痛みには悲鳴を抑えられない。 そうやって顔を歪め、醜態をさらす様を見て、彼は溜飲を下げているのだろうか。 その中で、あの、秘所を抉られると、目の前が真っ白になった。 苦痛なのか、快楽なのか、ほんとうに何もかもわからない。 「…いや…っ…いやだ!…ゃ、だ…怖い…!いやだ…ぁ、っ…!」 ただ、叫ぶような悲鳴を迎える唇は、その口づけだけは、嘘のように優しいのだ。 「泣くな……。何も…怖れることは、ない…」 なぜか無性に、公孫瓚が悲しい人であると思えた。 「ぁ…伯、珪……!」 すがるように掴んだ背が、震えた。 蕩けきった体が解放され、熟れた唇は息もたえだえに熱い呼吸を繰り返している。 淫らな愉悦を刻まれた清らかな体を、公孫瓚はどこか呆然と見下ろした。 夢幻の声だった。 劉虞が発したのは、まぎれもない、公孫瓚の名だった。 それまで聞いたことのない、何か求めるような響きが、彼自身の名に込められていた。 「俺の名を呼ぶな……」 そう言って続けようとした言葉が――思わず己の唇を押さえる。 “劉虞”という響きが、僅かに禁忌を帯び始めていた。 冷気が強まっている。 微かに夜が薄れてきていた。 冷え切った肩を冷たい銀髪が覆う。 背中が疼いた。 劉虞はすでに意識を手放している。 その体を夜着ごと抱きしめ、わずかに眠ることにした。 劉虞の声――何かを救い求めるような声は、公孫瓚自身を哀れむものだったか。 そう察したときには、黎明に二つの影が眠るだけだった。 |