戦国おとぎBASARA
□六本爪の竜神〜片目の竜〜(完結)
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※設定都合上、政宗様が隻眼ではありません。ご理解下さい。
※更に設定都合上、政宗様のtensionは低めです。
昔々、ある山奥の村を目指して、男が一人歩いていた。
男の名は片倉小十郎。麓の町の医者だったが、町の名家である浅井家の奥方を治療したことが縁で、医者がいないというその村に行くところだった。
なんでも、奥方はその村の出なのだそうだ。
この奥方は、出しなに妙なことを小十郎に言った。
「竜神様によろしくね」
言われた小十郎はサッパリ訳が分からなかった。
そうして山中を歩く内、小十郎は不思議な泉を見つけた。
周囲を人の身の丈はある巨大な岩で囲まれたその泉の水は、仄かに燐光を放っていた。
驚いた小十郎は、しばらく泉を見つめていたが、ふと水を汲んでみようと泉の淵に跪いて、更に驚いた。
泉の水は非常に透明で、水底が透けて見える程だったのだが、同時にとても深かった。
そして、その水底に竜がいた。
真っ青な鱗を持つ竜が、両の眼でしかと小十郎を見つめていた。
小十郎は金縛りにあったように動けなかったが、やがて、竜は水中で身を翻し姿を消した。
小十郎は、そのまま竜のいた水底を見つめたまま固まっていたが、
「そこで何してるだ!」
という少女の声に我に返った。
振り返ると、お下げ髪の少女が眦を吊り上げて立っていた。
「そこは竜神様の泉だ!悪さしたら許さねえぞ!」
「竜神様?」
小十郎は、先程の竜を思い出した。
「もしかして…青い鱗の竜のことか?」
「え!?にいちゃん竜神様にあっただか?!」
「竜神様かどうかわからねぇが、水を汲もうと思ってここから覗いたら、その竜と目があってな」
「凄いだよにいちゃん!竜神様は、オラ達村の人間でも滅多にお目にかかれねぇんだ」
「村?村があるのか?!」
と、小十郎は言った。
「んだ!…にいちゃん、村に何か用だけ?」
「実は、浅井家の奥方に乞われてな。医者として村に行くことになっている」
「そんなら大歓迎だよ!村なら、そこの泉が流れて行く先にあるだよ!」
少女が指す方を見れば、確かに泉の一カ所だけ岩が途切れ、泉の水が滝となって斜面を流れて行く場所がある。
「オラはいつき!にいちゃんは?」
「片倉小十郎だ」
こうして、小十郎はいつきに連れられ村に辿り着いた。
浅井家の奥方に乞われて来たという小十郎は、村人から好意的に迎えられた。
更にいつきが、小十郎が泉の竜を見たことを村人に言った為、益々もって歓迎された。
さて、小十郎が村の医者としてやって来て三日目のある日、小十郎は薬草を探しに山へ分け入っていた。
それはあの〈竜の泉〉のある山だった。
喉が渇いた小十郎は、そう言えばあの泉が近くにあったと思い出し、そこへ向かった。竜神様の泉らしいが、水を飲むくらいなら問題ないだろう。
ところが、小十郎が〈竜の泉〉へ着いてみると、そこは惨憺たる有り様だった。
泉の周囲の木々は無惨にも倒され、幾本かは泉に倒れ込んでいた。
更に、あの光り輝く透明な水が赤く淀んでいた。
血だった。
泉の一面が血で赤く染まっている。
そして、その血で赤く淀んだ泉の中心に、人が一人浮かんでいた。
若い男だった。
酷い怪我をしているようで、尋常ではない量の血が泉に流れ、水を赤く染めていた。
小十郎は、若者を助け上げようと慌てて水に飛び込んだが、泉は思っていたよりもはるかに深く、小十郎は頭まで思いっきり水に浸かり、慌てて浮かび上がった。そして、何とか若者のそばまで泳ぎ切って、その身を抱きかかえた。
「しっかりしろ!」
抱きしなにそう怒鳴ったが、若者はピクリともしなかった。
抱きかかえた身体は、思いの外細く、冷え切っていた。
小十郎は、若者をしっかり抱きかかえて岸まで運ぶと、適当な岩場に横たえて傷を確かめた。
若者は全身傷だらけだった。
特に、その背に受けた傷が酷い。
着ているものも、元の色が判らぬ程血に染まっている。
しかし、若者は生きていた。
生きているのが不思議な程のおびただしい出血で、肌の色も蒼くなり、体温も異様に冷たかったが、若者の心臓は弱々しく鼓動していた。
小十郎は、自分の着物の袖を破って、若者の背や、他に特に酷い傷の止血に使うと、若者を背負い村へと戻った。