戦国BASARAかってに外伝
□バレンタインお料理教室
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毎年のその日、『奥州筆頭』伊達政宗の居城には独特の甘い匂いが漂い、その城の主である政宗が自分専用に造らせた小さな台所には、その匂いに誘われた伊達の若い兵士達が群がり、一緒異様な光景が繰り広げられている。
しかし、今年はいつもと違っていた。
なせなら―…
「政宗殿、固まり具合はこのくらいでよろしゅうございますか?」
「助けて下さい政宗さん!う、上手く文字が書けないんです!」
「姉ちゃん出来ただか?」
「うむ、もう少しだ」
という女性達の華やいだ声が聞こえるからだ。
南蛮ではバレンタインという祭りの日に意中の相手にチョコを渡すのだ。
――と、南蛮好きな政宗が、まつと一緒に月に一度行うことになっている『お料理教室』で、そのまつと、生徒であるいつきに話したのはつい一ヶ月ほど前のことだった。
毎年政宗は、部下達への労いとして、部下達や城の女中などに「バレンタインチョコ」を作って渡していたのだが、今年は、
『まあ!なんと素晴らしい祭りなのでしょう!政宗殿、是非まつめといつき殿にも、その“ちょこれいと”なるものの作り方を教えて下さいませ!』
と、まつに頼まれ、まつといつきと一緒にバレンタインチョコを作ることになったのである。
しかし、台所の中にいる女性はまつといつきだけではない。
「Oh〜、前田の嫁さんは流石だな。オイ、落ち着けよ鶴姫。貸してみな」
「は、はい!よろしくお願いします!」
ビシッと姿勢を正す鶴姫に政宗は苦笑した。
「ほら力抜けって、力入れすぎても上手く書けねぇぜ?」
「は、はい!」
まだ力が入っている鶴姫に再度苦笑すると、政宗は、台所の端で黙々と自分のチョコの形を整えているらしい孫市を見やった。
「三代目〜、そっちはどうだ?」
「ああ、だいぶ形になって来た」
と、孫市は淡々と返事をした。
そう、台所には『お料理教室』の何時もの二人、まつといつきの他に雑賀孫市と鶴姫もいた。
実は、まつを通してバレンタインチョコの話を聞いた慶次が孫市にそれを教え、それを更に孫市が鶴姫に教えて今に至る。
というのは、孫市に連れられた…いや、孫市を連れた鶴姫が、
『政宗さん!私に“ばれんたいちょこ”の作り方を教えて下さい!』
と、遠路はるばる船に乗って現れたからである。
『…かまわねえが……なぁ三代目、なんでアンタまでいるんだ?』
『お前が承知しなかった場合は、姫の代わりに遠慮なく撃とうかと思ってな』
『………』
結局、孫市も「面白そうだ」という理由で参加し、台所はこのような賑わいを見せている。
さり気なくハーレム状態な政宗であったが、料理に勤しむ政宗は全く気付いてなかった。
「All right、鶴のが終わったら見に行くぜ。で、なんて書くんだ?」
「はい!よ、宵闇の羽の御方へ、です!」
「Ah〜、beginnerにはちぃとばかり難しいかもな…」
と、言いながら、政宗は手にした装飾用の用具を慣れた手つきで動かして、鶴姫の作ったハート型の可愛らしいチョコに、器用に「宵闇の羽の御方へ」と書いた。
「うわ〜!凄いです政宗さん!素敵です!有り難うございます!」
政宗の流麗なチョコ文字に、鶴姫は手を叩いて喜んだ。
「Thanks、じゃあ、次のは自分で書いてみな」
政宗は手にした用具を差し出した。
「はい!が、頑張ります」
鶴姫は緊張の面もちでそれを受け取り、今度はホワイトチョコレートで作った白い鳥の形のチョコに文字を書き出した。
「もう一つのは誰にやるんだ?まさか西海の鬼にか?」
政宗は気になって訊ねた。
「海賊にあげるチョコなんて有りません!お市ちゃんにです!」
「市に?」
「はい!…お市ちゃん。もうあげる人も、くれる人もいないみたいたので…なら、私があげようと思ったんです!」
「そうか」
数々の辛い記憶と共に、確かにあった筈の楽しかった思い出まで一緒くたに忘れてしまった織田信長の妹…
彼女の苦しみは、兄である信長と共にあったが、その信長が滅んでも尚、彼女はその苦しみから抜け出せないでいる。
「…市にあったら伝えてくれ、何時でも来い。ずんだでも作って待ってるってな」
全てを忘れる。辛いことも、楽しかったことも全部。
それは逃げだ。
そして悲しいことだと政宗は思う。
それでも、彼女にももう一度笑える日がくればいいとも願ってしまうのだ。
「はい!」
と元気よく返事をした鶴姫を後に、政宗は孫市の様子を見に行った。
「出来たか三代目…って、what?!」
「なんだ?」
孫市の作っていたチョコを見て、政宗はビックリを通り越してビビった。
そのくらい衝撃が凄まじかった。
だって…
「おぉい三代目ぇ!なんでチョコが心の臟の形をしてやがんだっ?!」
孫市の作っているチョコは、チョコに違いないのだが、まごうことなき心臓の形をしていた。
しかも、無駄に上手く、超がつくほどリアルな出来栄えで、完全なチョコレート色をした心臓にしか見えなかった。
そりゃあいくら大胆不敵で恐れ知らずでちょっとやそっとじゃ驚かないしビビらない政宗だってビビるだろう。
そんな政宗を後目に、
「“はぁと”というのは心の臟を簡略化したものなのだと聞いたぞ?」
と、孫市はあっけらかんと応えた。
「だからって、心の臟そのまんま作ることねぇだろ?!気色わりぃじゃねぇか?!」
「作るならこだわれと言ったのはお前だぞ?それに相手を驚かす“いんぱくと”も料理には必要だともな。言ったことを覆すとは女々しいぞ」
「確かに言ったが、俺は“食欲をそそるような”とも言かったろうが!」
と、吼える政宗(吼えたくもなる)に、様子を見ていたまつが宥めるように言った。
「まぁまぁ政宗殿、確かに孫市殿の“ちょこれいと”は少々個性的ですが、料理に大切なのは“見た目よりも味と気持ち”でございましょう?」
「ま、まぁな…」
穏やかなまつの言葉に、政宗は少し頭を冷やした。が…
少々…つーよりかなり個性的な気がすんだが…
と、思わずにはいられなかった。
とりあえず、孫市には、アンタ程の度胸がありゃあ別だが、並みの男がアンタのチョコを見たら大抵は腰を抜かす。だから、自分で食うならともかく、誰かに渡すつもりなら早々に作り直せ。と告げて、政宗はいつきの元に向かった。
「出来たかいつき?」
「あ!兄ちゃん!で、でで出来ただ!」
いつきは思わず顔を真っ赤にした。
その手には、綺麗にラッピングされたチョコの包みがあった。
「姉ちゃんに手伝ってもらっただ!」
いつきの言葉に、まつはホホホと笑った。
「ほんの少し手を加えただけでございますよ」
と言うまつの手には、夫利家と甥の慶次へのチョコがある。
「そういう兄ちゃんは出来ただか?オラ達ばっかで兄ちゃんは作ってねぇみてぇだが?」
「俺のは昨日作っちまった。アンタらに教えるのに専念したかったからな」
「そうでございましたか。この度は、まつめの我が儘をお聞き下さり誠に有り難うございました」
「気にすんなよ。こっちこそ、何時も遠路はるばる奥州まで来てもらってすまねぇな」
「いいえ。このように、まつめの知らない料理を教えていただけますし、逆に、政宗殿やいつき殿の知らない料理をお教えするのはまつめの楽しみですので、それでおあいこにござりまする」
「そっか、ならまた来月も頼むぜ?」
「はい。さて、雑賀殿と鶴姫殿も出来たようですよ」
「はい!頑張りました!」
「OK!…三代目、今度は“普通”のチョコなんだろうな?」
「ああ」
政宗の問いに孫市は短く応えた。
その手には、シンプルなラッピングのチョコがある。
政宗はふと気になった。
「ところで三代目、アンタは誰にやるんだ?前田の風来坊にか?」
と言う政宗の問いに、孫市はそれこそあっけらかんと答えた。
「からすめ、お前にだ」
「ふーん……は?俺?」
政宗は一瞬聞き流すところだった。
そんな政宗を後目に、孫市は「そうだ」と短く答えてチョコの包みをついっと差し出した。
情緒のへったくれもあったもんじゃない。
政宗がポカーンとしていると、
「どうした?女に恥をかかせるつもりか?」
と孫市に言われ、政宗はおずおずと受け取った。
「さ、Thanks…」
政宗はマジマジと孫市の顔を見詰めてしまった。
とうの孫市は、「用は済んだ。なら私は帰るぞ」と、事後説明も何にも無しにサッサと帰って行った。
鶴姫も「ああ!待って下さい孫市ねぇ様!政宗さん!皆さん有り難うございました!」と言って、慌てて孫市を追って行った。
「なんだったんだいったい?」
それは政宗の正直な本音だった。
「竜の兄ちゃん!」
いつきが政宗の袖を引いた。
「どうしたいつき?」
「えっと…」
いつきは頬を赤く染めながら言った。
「お、オラも、兄ちゃんに受け取ってほしいだ!」
と言って、いつきは、政宗に水色のリボンのついた包みを差し出した。
「Ah?いつきも俺でいいのか?」
「んだ!お、オラ、竜の兄ちゃんに食べてもらいたいだ!」
いつきは、顔をトマトのように真っ赤にした。
端で見ていたまつは、その余りの微笑ましさに、つい笑んでしまった。
「ふーん?Thanks」
と言って、政宗はいつきからチョコを受け取り、ついでにいつきの頭をポンポンと軽く叩いた。
いつきは、顔を嬉しそうに綻ばせ、「じゃあ、またよろしくな〜!」と元気よく帰って行った。
駆け足をするその足取りは軽く、顔を綻ばせ、僅かに上気させながら。