戦国BASARAかってに外伝

□独眼竜と権現2
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 この手は血にまみれている…






 関ヶ原以来家康の様子が変だ。
 家臣の前ではいつものように振る舞っているが……いや、そう見えるが、どこか無理をしてる。そんな感じだ。


 このままでは“壊れる”――


 己がそう思う程、その様は非常に危うく見えた。
 そう思っていた矢先、当の家康本人がひょっこり訪ねて来た。

「アンタが来るとは珍しいな」

 と、城の主『奥州筆頭』伊達政宗は、目の前でずんだ餅を頬張る徳川家康に言った。
「そうか?昔はよく遊びに来たじゃないか。この間だって軍議に…」
「前言撤回だ…何もねぇ時に来るなんざ久しぶりだな」
 政宗は溜め息混じりに返した。
 昔、家康がまだ一回りどころか八回り程は小さかった頃は、それなりに行き来があったのだが、家康が豊臣方に着いてからは殆どなくなっていた。先の関ヶ原の戦いでの同盟申し入れが久方振りの再開だったのだ。
「そうだったな、昔はよく忠勝に乗って訪ねたものだが…」
「本多を乗り物扱いする辺りも変わってねぇな」
「乗り物扱いしているつもりはないんだがなぁ」
 嘆息する政宗に、家康は苦笑して言った。
「……で、どういう風の吹き回しだ?」
 と、政宗は家康に問うた。
「別に、これといった用事はない。ただ、無性にお前に会いたくなったんだ」
 家康はいつもと変わらぬ調子で言ってのけた。
「ふーん…ただ無性になぁ?」
 政宗は胡乱な目を向けた。
「う、嘘は言ってないぞ」
 と、家康は言った。
「ふーん…?」
 政宗はジーッと家康を見詰めた。
「俺はてっきり何か話があんのかと思ったんだがな…」
「話?」
「That's right.なんか俺に話してぇことがあったんじゃねぇのか?」
「いや…」
「話して見ろよ」
 と、政宗は言った。
「……」
 政宗は今一度溜め息を吐きながら言った。

「関ヶ原以来、俺はアンタがどっか無理してるみてぇに見えた」

 その言葉に、家康は目を見開いた。
「何があった?」
「………」
 政宗の問いに、家康は黙した。が、ややあって、

「やれやれ、適わないな…忠勝にも隠していたというのに」

 と口を開いた。
「あ〜あ…」と、家康は大仰に溜め息を吐いた。
「なぜわかったんだ独眼竜?」
「何となく、な」
「そうか…」
「で、どうした?」
 家康は、無言を貫いたが、暫し後、


「独眼竜……ワシの手は穢れているか?」

 と、およそ当人には不釣り合いな、悲壮さと危うさを漂わせて口を開いた。
 その余りにも家康らしからぬ様子に、政宗が瞠目していると、家康は更にもう一度「ワシの手は血にまみれておるか?」と言い、己が手を見つめた。

「夢を見るのだ…あの日のことを…」

「あの日?」
 と、政宗は返した。
 家康は「ああ」と頷いた。
「三成と決着をつけたあの日の夢だ…。その夢の中で三成が言うのだ“お前の手は血塗られている”と……そう言われて見た夢の中のワシの手は血で真っ赤なのだ…」


 幻が見える。


 血まみれの己の手…


 赤い、赤い、ぬめり気を帯びた生暖かい液体が、指に、手のひらに、ベッタリと纏わりつく…指の間から滴り落ちる…


 ポタポタと滴り落ち…鉄錆の臭いが立ち込める。


 ふと周りを見れば、辺り一面も赤、赤、赤…


 鉄錆の臭い立ち込める赤い海…


 その海の中に、大谷吉継や、島津義弘といった関ヶ原で敵対した将達が、どんよりと澱んだ目を開けながら浮かんでいる。


 その中には、長曾我部元親とその部下達の姿もあり、気がつけば、三成もその血の海に浮かんでいた。


 やがて、家康の足もズブズブと血の海の中に沈んでいき――…
「そうして、頭まで沈み、視界が赤一色に染まった時、ワシは目を覚ますのだ」


 夜中に何度も飛び起きた。


 全身から汗が噴き出し、呼吸は荒く、心臓は早鐘のように鳴り響く―…


「あれは、三成の血なのだろうか?それとも、今までワシが倒して来た者達の血なのだろうか…?」
 家康は、己の手から視線を外さずに言った。
 そのまま動かない家康に、政宗は静かに言った。


「大丈夫だ。アンタはの手は穢れちゃいねぇ」


「……」
 家康は顔を上げなかった。
「穢れてなんざいねぇよ家康」
 政宗は繰り返した。泣いている幼子を宥めるように。
「それは幻だ。アンタの手もどこも血まみれになっちゃいない」
 と、最後は少し強い声色で言った。
「…くっ……だがっ!!」
 家康は顔を歪めた。
「Ah?」
「ワシは…!ワシは!三成を討ってしまった!!」
 家康は血を吐くように言った。
「倒してしまった!…殺してしまったのだ!」
「…だが、そうするしかなかった。アンタが望む未来を掴む為に、アイツが邪魔だったんだろ?」
 と、政宗は静かに言った。


「邪魔だった訳ではない!!


 家康は慟哭した。


 
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