戦国おとぎBASARA
□六本爪の竜神
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長老に大蛇退治を申し出た青年は、驚き呆れる村人や長老を一喝し、生贄の朝、市が着るはずだった生贄の衣装を被り顔を隠すと、一人、生贄の祭壇で大蛇を待った。
湖の水がざわめき生贄の祭壇に黒い影が迫った。
人々が息を飲む中、湖の水が泡立ち祭壇の前で高く伸び上がると、生贄装束の青年の前にこぼれ落ちた。毒に濁った水が流れ落ちると、青年の前に男が一人立っていた。
黒く、禍々しい、人の心を見透かすような眼差しを持つ男だった。
腰に差した大刀は、男と同じく禍々しい光りを放っていた。
「来たまえ、卿を待っていたよ」
と、男が言った。
青年は確かな足取りで、男に歩み寄った。男は口端を吊り上げて笑んだ。
「ほう…今年の贄は潔い。避けられぬ運命と諦めたかね?」
「勘違いすんなよ」
青年は生贄装束を脱ぎ捨て、男に刀を向けた。
「テメェに会う手っ取り早い方法をとったまでだ」
青年は低く唸った。
「おや?、今年の贄は若い娘だった筈だが」
と、男は特に関心なさそうに言った。
「今年の生贄はアンタだけだ。村人は誰一人死なせねぇ」
「まさか、その刀で私を殺そうと言うのかね?やめたまえ、徒労に終わる」
と、大蛇は嘲笑った。
「やってみなきゃわからねぇだろ?気をつけな六(りゅう)の爪は岩をも砕く。アンタの鱗なんざ簡単に剥がせるぜ」
男が声を震わせて笑った。
「ならば欲望のまま奪うといい。それが世の心理」
瞬間、男が尋常ではない素早さで横に跳びすさり、青年に斬りかかった。青年は此方も尋常ではない素早さで身を翻し、男を迎え撃った。
二人はそのまま何度も打ち合った。それは只人の目では捉えることの出来ない凄まじい剣戟で、村人には、なにが起きているのかさえ判らなかった。
しかし、次第に男の方が圧されていることに村人は気づき始めた。
何度目かの打ち合いで、遂に男が膝を突いた。
「これは驚いた。卿は強いな。いや、感心。感心」
男は嘲笑を浮かべて言った。
「これでshowdownだ」
青年は刀を構えた。
「馬鹿共が…」
男が低く唸った。その途端、男の体から黒いしょう気が立ち昇った。
その立ち込める黒いしょう気から二つの光る眼が現れ、次いで赤い口が現れ、そして墨よりも黒い鱗に覆われた巨大な蛇が姿を現した。
その頭だけでも人の身の丈はある蛇は、その身の大半を湖の底に沈め、鎌首だけを晒していた。
これこそが、湖に潜む黒大蛇。男の正体であった。
大蛇が、恐ろしい鎌首を振り下ろした。
青年は飛び退いたが、大蛇の一撃は祭壇を打ち砕き、青年の足場を崩した。
そこへ再度大蛇が襲いかかり、青年を空高く放り投げた。
青年の体が大きく宙を舞った。
大蛇が鎌首をもたげ、青年を飲み込もうと大口を開けて迫った。
喰われる。村人は息を呑んだ。
その時、ニヤリと青年が笑みを閃かせた。
次の瞬間、青年の体が眩い蒼い光に包まれた。
村人が驚愕して見つめるその先で、青年のその姿が六本の爪を持つ真っ青な竜の姿に変わった。
竜は雷にも似た雄叫びを上げると、その身を翻し、稲妻のような速さで大蛇に襲いかかった。
『ぐあああぁあぁぁ!!!!』
恐ろしい断末魔の悲鳴が響き渡った。
竜の六本の爪が、大蛇の喉笛を引き裂いたのだ。
村人の目の前で、大蛇の体がゆっくりと傾いだ。
その口からヒュウヒュウと息が漏れる。
『…鋼すら…通さぬ…我が身を引き裂く…六(りゅう)の…爪……そう…か…卿が…この地の…竜…神…』
六爪の竜神。
それは、かつてこの村が日照りに苦しんだ時、己が住処の泉を打ち砕き、湖を造って、村に水と実りをもたらした六本の爪を持つ蒼い竜のことである。
住処であった泉を失い、力尽きて死んでしまったと思われていたが…
『俺がちぃっとばかり寝てる間に散々縄張りを荒らしてくれたな』
と、竜が言った。
『フッ…竜の尾…を…踏んだ…礼は…高く…ついた…ようだ……しかし、…死体は…残さない…と…決めて…いる』
苦しげに呻く大蛇の体が自らの毒で溶けていき、やがて、骨すら残さずに消え去った。