ブック五

□実はオレのことは大好きだろ。
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ぽすんと以前より軽くなった背中の衝撃に、首だけで振り返れば「へへへ」とだらしなく緩んだ顔の後輩。
好き好きオーラが全開で、なんとまぁ雄弁な表情なのだろう。
お腹に回った腕と背中の温もりに、気持ちが和らぎ、つい、きゅんなんて効果音が聞こえてきそうだが。腐ってもこの後輩は男。男なのだ。
たまたま課題を手伝ったあの日から、異様なほどに懐かれた。
あれ以来、それこそ場所などお構い無しに、オレを見つければ全力疾走からのホールド。超笑顔で突撃してくる。
後輩(男)に何度も押し倒されて、そのまま廊下とキス。オレが腰痛になったらどうしてくれる。
いい加減怒鳴りつけようかと思えば「会えて嬉しい!」と背後に花が飛んでいる。
何も言えず、気付けば頭を撫でている始末。
結局の所、絆されている。
これが彼女であれば可愛さ満点なのだが、自分とさして代わらない目線と柔らない体が現実に引き戻してくれる。

「…真波」
「なんですか?」
「何か飲む?」

かくゆうオレは自動販売機の前にいた。
何を買おうか悩んでいた所に真波の突撃で、本題を忘れていた。

「奢ってくれるんですか?」
「1本だけな。何がイイ?ポカリ?」

小銭を投入すると、お腹に回っていた腕が伸びてきてポカリを押した。

「ごちそうさまです」
「おう」
「先輩は何買うの?」
「あーオレもポカリにしよーかな。イ○ンウォーター」
「カロリー気にしてるんだ、意外!」
「ちげーよ、普通のポカリだと甘すぎて苦手なんだよ。オレはこっちのが好き」
「へぇー、俺、それ飲んだことない。」
「ん?飲む?そっちに比べたら薄いぞ」

まだ背中にくっついたままの真波。そこから離れる気がないのか、肩越しの会話である。
この過度なスキンシップにも奇異の目に晒されるのも慣れつつある。
東堂曰く「罪な男」らしいオレだが、それを本人に分析結果を説いたところで効果はない。だって興味がない。右から左へ抜けていく。
そもそもなんだ「罪な男」って。東堂の突拍子もない発言は今に始まったことではないし、適当な相槌しか打たずにいたら「話を聞け!」とギャンギャン騒いでいた。
あの無駄に口が立つ騒がしい男の隣で読書も出来てしまう。慣れとは怖いな。

「本当だ薄い。」
「飲めなくないだろ?慣れたらこっちのが好きになるぞ」
「カロリー控えめだし?」
「そう、カロリー控えめだしな」
「先輩、もうちょっと太った方がいいんじゃないですか?細すぎ」
「お前に言われたくない。オレといい勝負だろ。…アレか。自転車で山登るには細身の方が有利なんだっけ?」
「詳しいですね」
「東堂が言ってた」
まぁ、人の足で山を登るにしても細身の方が楽だ。自転車なら尚更だろ。
「先輩もクライマー体型だね。自転車乗ろうよ」
「オレの愛車はママチャリなの。チャリ部みたいな本格的な自転車じゃないの。」
「俺知ってるよ。先輩、たまに自転車で学校まで来てるでしょ」

体を密着している所為で、オレの動揺もバレてしまっただろう。
正直、だからどうした?と言いたいところだが、チャリ部の人間にとって、箱根の山をママチャリで登るというのは興味対象以外何物でもないらしい。
いつかの東堂を思い出す。あの時も同じ様な目をしていた。

「…遅刻しそうな時はバス待ってるより早いんだよ。」
「へぇ〜」

目が輝いている。眩しい。…もうヤダ、チャリ部。













end

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