ブック2

□-争奪戦-
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「ざいぜぇぇぇぇええええええん!」

「謙也さん、珍しいっすねこっちまでくるの。」

「お前、何言い触らしとんねん!」

「は?」



相変わらずのせっかちぷっりを会話でも行使されると、最早、理解不可能。
的を得ない発言をスルーしたくなったが、そうもいかない様だ。

財前に向かってくるまで走ってきた道のりは、未だにモーゼの十戒の如く切り開かれたままだ。
あんな光景を素でやるのは、白石だけだと思っていたのに、謙也にもそんな素質があったとは。
なんともお目にかかれない光景に、唖然となることすら忘れる。
何より、あの温厚な謙也が、マジギレしているかもしれないということだけは、理解できた。



「弁当や!弁当!」

「……だから、弁当がどないしたんですか?」



謙也同様、財前のお弁当も有名であった。
昼時に必ず持ち出す、あのクールなルックスに似合わない、可愛らしいト音記号の巾着。
コトンと置かれた弁当を見つめながら、年を重ねて多少柔らかなくなった表情をふんだんに緩める様を見てしまい、
財前狙いの女子は早々に照準を外したと、専らの噂だ。



「財前光結婚疑惑がうちの学部の方まで流れてんでドアホ!」



自分の耳よりも、謙也の頭を疑いたくなるような発言が飛び出てきた。
最近、暑いからとうとう謙也さん、暑さにやられてしまったんやろかと。
半信半疑の心配をしつつ、哀れみの視線を送る。



「…そないな噂信じとるんですか?ちゅーか、真意はアンタが一番知ってるやないですか。
そもそもなんで俺が謙也さんにドアホ言われんとあかんのか、よー解らんのですが。」

「お前が知らんでも膨れ上がって広がりまくっとんのじゃ!お前の結婚相手が俺のイトコってことになっとるんや。」

「…は?」

「どや顔しとる場合とちゃうはボケェェェェエエエ!」

「うっさいっすわ」



掴まれていた胸倉から腕を払い、近過ぎた顔を離す。
全力疾走の後に怒鳴り散らしたものだから、謙也は息が上がっていた。



「浪速のスピードスターが息上がってますやん。どないしはったんですか?」



中学時代の二つ名を聞いた時に、財前は失笑所か、とても残念な物をみつけてしまった気分だった。
一つ年上の彼を、アホだアホだとは感じてはいたが、その年期は最早末期症状にまで陥ってしまったようだ。



「俺らはな、人妻を奪い合っとる昼ドラびっくりな泥沼地獄絵図な間柄になっとるちゅー話や!」

「……ちゅーか、今言い争ってる時点で、その噂通りの地獄絵図になっとるんじゃないんすか?」



大学広しと言えども、不本意ながらそれなりに目立つ存在であることは、謙也同様、財前は自覚している。
そして、少なからず白石の存在が絡んでいた。
気付けば、渦中の二人を中心に遠巻きが出来上がっていることが、何よりの証拠だ。
昼の学食なんて空席を探すのがやっとの場所であることもあって、数え切れないほどのいくつもの視線が注がれている。
単純に今の状況に驚いている者や、真意を疑う目、なぜか期待の眼差しを向ける女子が数人。
……ほんま、しゃーないわ。



「俺等、ええ見世物んになってはりますよ」



好奇の目に晒されることには多少慣れたが、どうも窮屈だ。
ふうと肩の力を抜き、面倒でダルイのであることを全身で表すこと一目瞭然だが、見る人によってはアンニュイな表情に赤面するやら黄色い声があがるやらで、各方面で盛り上がっていた。
もー勝手にせぇ。
圧倒的に女子のファンが多い財前だが、稀に垣間見える洗練された色香は、時として性別すら凌駕してしまう。
生唾を飲み込む音がリアルに聞こえる。
辟易してしまうが、致し方ない。
財前も、ステージこそ違うが白石と似た美しさを持っていた。



「せやなー、今ここで大事なこと言うーたら、その人妻がどっちのもんかっちゅーことですかね?」

「…お前、何言うとるん」



いつに無くノリノリで、うきうきルンルンな効果音がついてしまいそうに破顔した財前。
24時間の中で同じ時間を共有することが多い謙也であったが、基本装備が毒舌なクールボーイの、人間味溢れた顔を始めて見たものだ。
完全に固まってしまった。



「まー噂を生かして、俺の嫁っちゅーことにしときましょか」

「な、なななん、何言うとんねん!そこは譲らんで!」

「同じ苗字だから俺のや、なんて理由はやめてくださいね。ここは実力行使っすわ」

「あかん、お前にだけはやらん!」

「そーっすか?白石さんより、十分まともやと思いますけど、俺」



誰もが知る白石の名前が出た途端、湧き上がるギャラリー。
必要以上に名が知れ渡っている白石である。



「さっ。これで魔のスクエアでええやないですか。争奪戦楽しみですわ、ま、俺の嫁になるんですけどね」

「せやから事の発端は、お前が、俺の嫁嫁嫁嫁、連呼するもんやから皆が信じてしもうたやんろ!」

「俺の嫁って、アンタも言うとるやないですか。俺の所為にせんといて欲しいっすわ」

「俺は笑ってすごされるけどなぁ、お前が言うとシャレにならんのじゃドアホ!」

「ええやないですか、シャレじゃなくすれば」

「だああああああ!コイツ微塵も解ってへん!」

「謙也さん、ほんま元気っすね」


















-争奪戦-
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ここにうちの子が混ざると緩和されるはず!

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