独り言

□エピゼロぷち:秋人くんの不満
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「なぁ、母さんはなんで親父と結婚したんだよ?」


「はひ?
や、薮から棒にどうしたんですか?」

もうすぐ小学生になる息子の無躾な質問に母親はきょとんとした。

「だって、難しいんだよ!
“獄寺”って!
“寺”はともかく、“獄”ってコレどーなってんだよ!!」

秋人はテーブルに広げていた漢字練習帳を母親に広げて見せた。

練習帳には息子の名前がずらりと並んでいる。

“寺”
ほとんど真っすぐの線なので問題ない。
“秋”
なかなかキレイに書けている。
“人”
勢いがあって良し。バランスも取れている。

“獄”
『へん』と『つくり』がケンカをしていた。

「あらあら…」

部首が3っもあるからか、あるものはくっつき過ぎだったり、離れ過ぎていたり、全体が斜めになっていたり息子の悪戦苦闘が見て取れる。

「どーーやっても、箱に入んないんだよっ」

頬を膨らませて漢字練習帳を睨みつける。
『箱』とは漢字練習帳の中の枠の事だろう、確かに枠内に収まっている“獄”の字はなかった。

父親と同じように眉間にシワを寄せている。

「あきと?そんなに眉間にシワを寄せてるとパパみたいにシワが取れなくなっちゃいますよ?」

父親とそっくりな顔に笑いそうになりながら、眉間を撫でる母親に秋人は厳しい視線を向ける。

「だから、なんで親父と結婚したんだよー!
むしろ、親父がムコに来ればよかったんだよ!!俺“三浦”だったら書けるのにっ!」

母親の手を押しのけて、再び漢字練習帳と向き合う秋人。

新しいページをめくると、ガリガリと書きはじめた。

「ほらっ!」

練習帳には“三浦秋人”と非常に上手に書いてあった。
枠内にきっちりと収まっている。

「ほんとだ。上手に書けてますね〜。」

母親は手を叩いて褒めちぎった。

何故自分の名前も書けないような子供がお婿さん云々を知っているのかが、気にはなったが。

「だろー!!
絶対こっちがいいって!」

「でも、今さら変えられませんし…お母さんは気にいってるのですが“獄寺”って言う苗字。」

「えーー!」

「確かに珍しいですけどね。だからこそカッコイイ感じがしませんか?」

「えぇーーー。」

秋人は不満たらたらだ。

そんな息子の様子に母親は一つ思い付く。

「そうだ!
そんなに“獄寺”って言う苗字がイヤなら、ミナちゃんのお婿さんになって“沢田秋人”になれば良いんじゃないですか?」

「んなぁっ!!」

ボッと秋人の顔が真っ赤に染まった。
ただでさえ大きな目を、更に大きくなっている。

「“獄寺”に比べれば“沢田”の方が簡単ですよ?」

「んなななななななっ!」

「ほらっ。」

母親は広げっぱなしになっていた漢字練習帳にさらさらと“沢田秋人”と書いて見せた。

「うわぁっ!
ちょっと母さん何すんだよーー!!」

秋人は慌てて漢字練習帳を引ったくる。

引ったくった後、母親の書いた名前を赤い顔のまましげしげ眺めてつぶやいた。

「…なんで俺がアイツのムコに…ふつー逆だろ…男がもらう側だろー……ん?」

練習帳から視線を上げると、にっこにこした母親がいた。

「ちがうっー!!
べつに俺が結婚したいとか、そーじゃなくてっ!!」

「ハイハイ。」

「ちっがうー!!」

「ハイハイ。
あきとは“獄寺 秋人”なんですから、頑張って上手に書けるようになりましょうねー。」

にこにこ顔のまま母親が新しいページを開いてテーブルに置いた。

「くっそー!
絶対キレイに書いてやるっ!!」

秋人は半分キレながら鉛筆を猛然と動かしはじめた。
顔は赤いままで。

そんな息子を眺めながら母親は一人、胸の奥でつぶやく。


(そーですよ。
絶対変えたくなんかありません。
気に入ってるんですから、

獄寺 ハル

って言う名前。)



−−−−−−−−−−−

≪完≫

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