Dazzlement Heaven

□第一章
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桜と暁





壮大な海に囲まれた大陸が、生き物達の存在できる唯一の世界。
巨大な軍事力を誇る西側リンドール帝国と、緑豊かな東側連合諸国。
人間はかつて『神』に与えられたという機械と魔法の力を使って、長年相容れぬ歴史を築いてきた。


―――1000年戦争。

世界が2つに割れたその戦争は、禁断の呪術を用いて終結したはずだった。
生き物の嫌悪、恨み、憎しみが姿を変えたその魔法は、大陸だけでなく人間をも呪い、集結した戦争は大地に多大な爪痕を刻む。
呪いは生物の思考に巣食い、大陸全土にその手を広めて浸透していった。

かつてから対立していた、東と西。
武力の象徴として機械を持ち出す西側リンドール帝国と、魔法を駆使して土地を守る東側連合諸国。
強力で圧倒的な機械の力と、生き物の思念を原動力とする魔法。
その力の差は歴然であるものの、必死に抵抗する東側諸国を完全に降伏させることは出来なかった。

疲弊する両国と、無駄な犠牲。
多大な損失に、一時的でありながらも休戦を強いられることとなる。










「・・・で、それは今どちらに?」



ずり落ちた丸い眼鏡を押し上げながら、その人物は不適に笑った。
少し薄暗い室内を照らし出すのは機械モニターのほのかな明かりのみで、笑った口元に影が伸びる。



「は。ただ今は放棄された国にいる模様ですが、あの島の調査には時間がかかります故・・・。」

「そうですねぇ。それでは、少しばかり様子を見てみましょうか。」

「・・・・・よろしいのですか?」



その人物の問いかけに答えた目深に帽子を被った男は、手に持った書類を机の上に置いて人物の表情を伺う。
やはり緩く微笑んでいるその口元には、怪しさが漂う。
机に置かれた湯気の立つコーヒーを口に含んだその人物は、視線を男に移してゆっくり口を開く。



「えぇ、構いませんよ。彼女は何も知らないんですから。」



軽く声を出して笑い、再び眼鏡を押し上げて部屋から出て行く男を見送ってドアに電子ロックをかける。
室内を照らすモニターに映し出された"Plan My-0"という文字を慈しむように眺めて、機械仕掛けの部屋には似合わない小さな花が植えられているプランターに、湯気立つコーヒーをかける。



「どうせ彼らは、何も知り得ないのですからね。」



空になったコーヒーカップからゆっくりと手を離す。
カップは重力に逆らうことなく床に落ち、音を立てて割れた。
床に散らばった書類にコーヒーの雫とカップの破片が散らばり、乾いた笑い声が響く。
乾いた声はさらに暗い部屋の奥へと消え、それと同時にモニターも消えた。











++++++++++










東の大陸にある島国、ミスティア共和国。
壮大な緑と美しい建造物のその国に、人間はいない。
うっそうと覆い茂った緑の佇む森は、陽の光を受けて鮮やかに輝く。その中に覗く白と赤レンガの建物は、大きいものから小さいものまで、合わせれば小さな街が造れそうだ。

しかしそんな場所でも、談笑する声も姿もない。


時刻は早朝。
辺りを包む朝靄が陽の光を吸い込み、幻想的な自然を演出する。
青い空に鳥の姿はなく、白い雲が浮かんでいるだけだ。
建物のレンガと木々の緑のコントラストが、鮮やかに空に映えた。



「おかしいですねぇ。」



暢気な声が辺りに響く。
ゆったりとその言葉を紡ぐ人物は顎に指を当て、視線を空に向ける。
その姿は、本当に疑問を持っているようだ。
そんな姿を見て口を開いたのは、その隣で本を読んでいた少年。



「・・・何が?」

「今日は、鳥さんたちのお出迎えがないんです。」

「そんなこと?」

「重要なことです。ほら、何か起こっているのかもしれませんもの。」

「・・・・・はぁ、そうだね。」



呆れ気味に溜息を吐いて、本のページを捲る。
歩きながら本を読んでいる少年は、足元に落ちている小石を器用に跨いで声の主を見上げた。



「そんなことより、あんまりキョロキョロしていると迷子になるよ。」

「大丈夫ですよ。私だってそこまで子供じゃありませんもの。」

「そうなら心配はしないんだけど。もう一回言うようだけど、ベガ。この森で迷子になられても僕は助けに行けないからね。」

「迷子になったら川に沿って歩けばいいんですよね。」

「・・・・・・その前に迷子にならないように気をつけといてよ。」



ベガのあまりにも自信に満ちた微笑みを見て、少年は視線を本に戻して溜息を吐いた。
溜息を吐いた少年に一言注意したベガは、不服そうに見上げられた少年の翡翠の瞳を見て優しく微笑む。
嫌そうに自分を見てくることなど意にも介さない彼女は、少年の栗色の髪に止まった緑の葉を摘み上げて彼に手渡す。
いらないけど、と言いながらもそれを受け取って栞代わりに本に挟み、風に揺れて輝く彼女の金の髪を見上げた。

ザワザワと葉の擦れ合う音に耳を傾ける少年を見ながら、ベガは瞳を丸くして不思議そうな顔をする。



「・・・・どうやら、誰かがこの森にいるみたいだよ。」

「ここは一般の方は立ち入り禁止区域、ですよ?」

「こんな土地にいるってことは相当な変わり者か、それとも・・・。」



少年は風に揺れる木々の緑を見上げ、近くにあった木に手を当てて一度瞳を閉じる。
そんな彼に付いて木に寄ったベガは、風に揺れる枝を見上げて不思議な顔をする。
暫らくして瞳を開けた少年はベガと視線を合わせ、笑った。







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