Dazzlement Heaven

□第一章
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ミスティアの空は、今日も青く晴れている。
ただ一つ違うのは、森の中に小鳥が飛んでいること。
森の中にひっそりと建てられた家の窓際に、鳥たちが舞い踊っていること。



「ん・・・・・・。」

『起きたか?』

「・・・・・?」



木から落ちて、背中を打って。
胸の上で気を失っている少女をそのまま放って帰るわけにもいかず、エッダは彼女を抱えて帰った。
エッダがいつも使っているベッドに寝かせたら、当たり前のように彼女の枕元に鳥が舞い降りる。
彼女が地面に落した花を嘴に咥えて、顔のそばに置いている鳥もいた。
当たり前のように寝入っている彼女が目を覚ましたのは、空高く森を照らしていた陽の光が、やや傾いて赤く染まり始めた頃だった。



『ここは俺の家。お前、木から落ちて気を失ったんだ。』

「・・・・・。」

『・・・・・・・・・。』

「・・・・・・・・・・・・・・。」



しっかりと覚醒したのか上半身を持ち上げたが、少女はエッダの言葉に疑問符を並べるように首を傾げた。
沈黙が続いて、まるで会話が成り立たない。
さっきは同じ言葉を話していた(ハズだ)から言葉は通じているだろうが、不思議そうな表情を向けるだけで、彼女からの返答はない。
エッダは溜息を吐いて頭を抱えた。



『何ならわかる。』

「・・・・ミリア。」

『・・・名前か?』

「・・・・・うん。」



名前。返事。
たったの一言のみで終わる会話。
会話とも言いがたいその言葉のやり取りで理解できたのは、3つ。
1つ目は、彼女はミリアという名前だということ。
2つ目は、彼女が言葉を理解するということ。
3つ目は、エッダが悩んだのは無意味だったということ。
ミリアと名乗った少女はやはり不思議そうにエッダを見上げては、幻想的な桜色の瞳で瞬きを繰り返した。



『・・・なんだ。』

「あなたの、名前。」

『グルヴェイグ・エッダ・ウルズ。長いからエッダでいい。』

「・・・うん。」



小さな声で返事をして、ミリアは瞳を伏せた。
無機質な白い布団の上に、色とりどりの花が落ちている。
それをせっせと運んでいる鳥に笑みを見せ、彼女はそれに手を伸ばした。
なんの躊躇いもなく吸い込まれるように掌に収まった黄色の鳥は、そっと撫でられると気持ち良さそうに頭を傾げた。
その光景を窓際から眺めていたエッダは、備え付けの棚に腰を掛けて瞳を細める。
珍しいといったような、そんな視線。



『飼っているのか?』

「ううん。道を教えてもらってたの。」

『は?』

「森は広いから、迷子にならないようにって。」

『・・・・・・・・。』



そうか、鳥は話すのか。
木々が特定の人間と話すのは本で読んだことがるから知っているが、鳥が話すというのは初耳だ。勉強になった。
・・・と、素直に受け入れることなどエッダに出来るわけなく。
腰掛けていた棚から立ち上がり、ベッドに座っているミリアの元へと近付ていく。
エッダが近付いたらミリアの掌に乗っていた鳥が飛び去り、ベッドの上に散らばった花がかすかに揺れた。



『何処から来た。』

「わからない。」

『覚えてないのか?』

「覚えているのは、名前と・・・・」



そこまで言って、瞳を伏せた。
桜色の瞳に被さる長い睫毛が、頬に影を作る。
膝の上に散らばる花を指先でいじりながら、少し考えるように間を置く。
先程飛び去った鳥が再び戻ってきてミリアの肩に羽根を休めると、彼女はエッダを見つめるように桜色の瞳を上げた。



「歌、くらい。」

『・・・・そう、か。』



実質、名前しか覚えていないようなものだと内心溜息を吐き、エッダは頭を掻いた。






++++++++







霞んで見える夜空に、星が綺麗に瞬いている。
視力は良い方なのになんで霞んで見えるんだろうと考えたが、上手く頭が働かなくて結局わからないままだ。
じゃあ、視界が霞んでいるのにどうして星だけは綺麗に見えるんだろう。
そう疑問に思っても、面倒だから考えることすらしなかった。



『・・・痛・・ぇ・・・・』



そうだ。あの時の感覚に似ているんだ。
胸の辺りに人一人分の重さがかかってて、ついでに鈍い痛み。
何を考えても頭が付いていかなくて、その割には目の前に広がる星空だけはしっかりと認識できたんだ。
そう、皮肉なほどの満点の星。
憎いくらいに美しい星空の下で、涙が零れたんだった。



「グググ・・・」



あの時は、こんな獣の呻きは聞こえなかったけど。
・・・・・・・・・・・。
頬を舐められる感覚もなかったはずだ。
薄く瞳を開けると、目の前に獣の姿。
胸の辺りを当たり前のように踏み付け、圧し掛かるようにかけられた体重。
痛みは食い込んだ鋭い爪からきたものだった。
エッダが完全に覚醒したことを確認すると、その獣は満足したように胸の上から足を退かした。



『・・・・てめぇ。』



起き上がって睨み付けると、獣はベッド下に潜り込んだ。
それを追うように流した視線を窓の外の景色で一度止め、時間が朝であることを知る。
白い朝靄の眩しさが、ベッドを照らしていた。
いつの間に眠っていたんだと昨夜の自分に疑問を持ちながらも、いつものことだとさして気にすることもなくエッダはベッドに近付く。



『・・・・・・・・・。』



ミリアという少女。
自分の名前と歌しか覚えていない、不思議な少女だ。
この島にいる理由も、この島の現状も、まして自分のこともいまいちよくわかっていない。
おそらく戦争孤児なのだろうとエッダは勝手に判断して、少し落ち着くまで匿ってやることにしたのだった。



『起きろ。』

「ぅー・・・」

『朝だ。早く起きろ。』



もぞもぞと寝返りを打ち、ゆっくり瞳を開く。
まだ眠いと主張する瞬きを何度か繰り返し、ぼんやりとエッダを見上げる。
しかし起き上がる気配はない。もう一度寝返りを打ってエッダに背を向け、無言で二度寝。
かと思いきや、だるそうに起き上がって目を擦る。
少し乱れた髪を気にする様子もなく、ベッドに座ったままもう一度エッダを見上げる。



「おはよぉ・・・。」

『・・・あぁ。』



まだ頭の中はぼんやりとしているのだろう、あいさつをしただけで続きはなさそうだと判断すると、エッダは投げ捨てるように置かれた上着を着てドアへと向かった。
ドア近くにぶら下がった短刀と銃を腰に下げると、一度ベッドの上のミリアに視線を向ける。
ちょうどベッドからゆっくり立ち上がった彼女は、足元を行き来するフワフワした毛玉を見つめていた。



『俺は出かける。メシは適当に食え。』

「うん。」

『二度寝はするな。』

「うん。」

『あと、散らかった花は片付けておけ。』

「・・・うん。」



声をかけるとすぐに視線をエッダに向けたが、やはり足元の毛玉が気になるのか返事をしながら手を伸ばしていた。
家を出て、溜息を吐く。
すぐに悲鳴と泣き声が聞こえてくるだろうと想像して暫らく家の前で立ち止まっていたが、予想に反して笑い声が聞こえてきたので中を覗くこともせず家を離れた。







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