Dazzlement Heaven

□第一章
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「・・・・・・・・・はぁ。」



切り株に座る少年は、今日何度目かの溜息を吐いて本を閉じた。
目の前を流れるせせらぎを眺め、翡翠色の瞳を細めてもう一度溜息を吐く。
ついさっきまでならベガに「溜息を吐くと幸せが逃げますよ。」なんて言われたのだろうが、今はそのベガがいない。
確かについさっきまでは一緒に歩いていたはずなのに・・・というよりあれほど迷子にだけはなるなと注意をしたはずだ。なのに何故、簡単にそれを実現できるのだろうか。



「信じられない。もう放っておこう。」



大丈夫、この森なら君でも生きていけるよ。と半ば投げやり気味に放置を決意し、切り株から降りて歩き出す。
迷子になっても助けれないと前もって宣言もした。それで恨まれるくらいなら付いてきた自分を恨めと逆襲してやる。
ついでに、やっぱり迷子になるくらい子供じゃないかと付加ダメージも与えてやる。
・・・・・どれも当人は気にしないだろうが。
やっぱり溜息を吐きながら、少年は目的地を目指して歩き続けた。





一方。
迷子になったベガは、気楽にも目の前を流れるせせらぎを泳ぐ魚を観察していた。



「私に迷子になるなと言っておきながら、迷子になったのはデンゼルの方ですよね。そう思いませんか?お魚さん。」



しゃがみ込んで魚に同意を求めるベガは、先程まで一緒にいたデンゼルという少年との会話を思い出す。
迷子になったら、まずは耳を澄ます。川の流れが聞こえるからその方向に向かって進み、川に辿り着いたらそれに沿って歩けばいい。
川には辿り着いた。
しかしベガは、ここから歩き出そうとしない。
いや、正確には歩き出せないでいる。
言われた通りにすれば大丈夫だと安心していたが、問題がひとつ。
川の流れのどちらに沿って歩けばいいのかを聞いていなかったのだ。
途端に行き場をなくしてしまったベガは、デンゼルが探し出してくれることを信じて魚と戯れていたのだった。



「お腹空いてきました。けれどお魚さんは小さすぎて食べれませんね。」



その前に捕まえれませんし、と笑いながら水に手を浸けていると、色とりどりの花びらがせせらぎを流れていった。
初めのうちは数枚の花びらで、風の悪戯で運ばれたものだと思っていたベガだったが、確実に数を増して流れていく花をデンゼルの流しているものだと思い込み、上流に向かって歩き出す。
これで安心して当初の目的を果たすことが出来ると少しウキウキしながら歩いていると、ベガの耳に歌声が届いた。
歌声は花が流れてくる方向から聞こえ、近付くにつれて次第に大きくなる。
デンゼルの声ではない、別の誰かの声。そうわかってはいたものの、ベガは声の主を求めて歩き続ける。
暫らく歩いたら、白銀を纏った少女を見つけた。



「あの。」

「?」

「・・・・あ・・の・・・。」



疑問符を浮かべる少女を前に、ベガは驚いて固まってしまった。
知らない人と話してはいけないとあれほどデンゼルに強く言われていたのに、自分から話し掛けてしまった。
しかも少女は、とても凶暴そうなトラを連れているのだ。
怪しいと判断されれば噛み付かれてしまう。現に今、トラは牙を剥いてこちらを見ている。
何も考えずに声をかけてしまった自分を激しく恨み、ついでに目の前のトラに硬直する。



「ダメ、怒っちゃ。」

「グルルル・・・」

「怖がっちゃう。ね。」



そう言ってしゃがんでトラの背を撫でる少女は、ベガを見て軽く微笑む。
静かになって座り込んだトラを見てもう大丈夫だよと細めた桜色の瞳を一度閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
流れるような白銀の髪が風に揺れ、陽の光がキラキラと光っている。



「あの・・・このくらいの背の高さで、栗色の髪の男の子、見ませんでしたか?」

「・・・・・見てないって。」

「そう、ですか。」



一瞬足元に座るトラに視線を落して頷き、視線をベガに戻して答える少女の返答に、少しがっかりして肩を落す。
よくよく考えれば、たまたま見かけた人がデンゼルを見かけるくらいなら既に見つけているはずだ。
それに気付いてさらに肩を落し、不思議そうに目を合わせている少女とトラに苦笑を洩らした。



「ありがとうございました。私、彼を探さなくてはならないので、これで。」

「うん。」

「呼び止めてしまって、すいませんでした。」

「うん。」



一言の返事しか返してこない少女にもう一度苦笑を洩らし、ベガは振り返って歩き出す。
歩き出すのと同時にせせらぎを花が流れていき、一度振り返ると少女と目が合った。
少女は少しの間ベガから視線を外して流れていく花を眺めていたが、遠く見えなくなったところでもう一度ベガの瞳を捉えて笑った。



「探してくれるって。」

「え?」

「森は広いから、一人じゃ大変だって。」

「あ、はい・・・。」

「私も、一緒に行く。」



幻想的な桜色の瞳を細めて微笑んだ少女は、トラの頭を撫でてベガに歩み寄る。
匂いを追ってデンゼルを探すつもりなのだろう、ベガのポーチに入っていたデンゼルの万年筆の匂いを丹念に嗅ぎ、地面に鼻を近付けた。
暫らくグルグルと同じ場所を回り、やがて一直線に歩き始めたトラの後を追って、少女は歩き出す。



「いいんですか?本当に。」

「自信ないって言ってたけど。」

「・・・・・。」

「でもお家には帰れるから、安心してって。」



にっこりと微笑んだ少女は、トラの尻尾をそっと掴んで歌い始めた。
あてもなく歩いている2人と1匹。
せせらぎに沿うように歩いていた道もいつしか脇に逸れてしまい、気が付いたら状況が悪化しているような気さえする。
それでも全く気にする様子のない少女と、地面から顔を上げることのないトラを交互に見ながら、ベガはふと不安に駆られる。
もしかして、少女にからかわれているのかもしれない。
そう考えたら止めることが出来なくなってしまい、意を決して少女に声をかけようとした時だった。



「着いた。」

「え?」



目の前には一軒の家。
しかしそのどこにも、デンゼルの姿はない。



「途中で匂いが途切れちゃって、わからなくなったから帰ってきたんだって。」

「・・・・。」

「でもきっと、エッダなら見つけてくれるよ。」



そう言って家の中に入っていく少女を黙って見ていると、不思議そうにドアから顔を出して手招いた。
招き入れられた家の中は妙に簡素でこざっぱりとしていて、少女には似つかわしくない大きめのジャケットやナイフが散らばっていた。
お邪魔しますと小さく声をかけて入ったら、奥の部屋から暁色の瞳をした男の人が現れた。







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