Dazzlement Heaven
□第一章
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『断る。』
「どうして?」
『しつこい。』
幾度となく繰り返される言葉に、エッダは頭を抱える。
一言目には「どうして?」
二言目には「なんで?」
最後の決め手は「わからない。」
定型文化してしまったミリアの台詞に、返すエッダの言葉も同じものに決まってきた。
しつこく繰り返される質問に、自然と洩れる溜息。
そもそも、エッダとしてはこの状況すら理解できない。
ベガと名乗る金髪の女の子が、目の前の椅子に座っているこの状況。
迷子になったから一緒に帰ってきたとか、意味がわからない。
ミリアの足元でのんきに寝息を立てている、そこの厳つい獣の鼻はどうした。
それ以前に、彼女がここに来た理由。
「あの。私、一人でも大丈夫です。ここからなら塔も見えますし。」
「塔?」
「はい。私、あの塔に用があってミスティアに来ているんです。」
そう言って差した塔を、窓から覗き見るミリア。
窓から顔を出さなければ見えない位置のその塔の存在を、どうやら彼女は知らなかったらしい。
ミスティア共和国は、緑の溢れる美しい島国だ。
3つある島を領土とし、それぞれが『自由』『平等』『博愛』を掲げて自国の平和を守り通していた。
壮大に広がる鮮やかな緑を、決して侵食することのない建造物。
国を象徴する白と赤レンガの建物が空の青に映えて、美しい街を造り上げている。
自然の中に佇むそんな街に、人間の姿などはないが。
二階の窓から見えている木々の緑の間からちらほら見える赤と白の建物の中から、灰色の石造りの巨大な塔が一際目立つように聳え立っている。
かつては展望塔として人で賑わっていたその塔にも、人の気配など全く感じられないほどに寂れてしまっている。
そんなことなどどうでもいい、といった様子で窓から外を眺めているミリアは窓から塔を覗き見て高いと一言呟いて顔を引き戻すと、不思議そうにベガを見上げた。
不思議そうに自分を見上げるミリアの顔を見て、ベガも不思議そうな顔をする。
『そういうことか。』
「何?」
『理由はなんとなくわかった。直すんだろう?』
「えぇ、まぁ。」
濁すように答えるベガの表情を見て、さらに疑問符を浮かべるミリアは先程よりも不思議そうに首を傾げる。
桜色の瞳が何度か瞬きを繰り返し、考えてもわからないといった表情でエッダを見る。
エッダは暁色の瞳だけをミリアに向けると、ずっと不思議そうな顔をしているその表情に納得したのか息を吐いて視線を逸らす。
逸らされた視線はベガを捉えたが、何も言わずに立ち上がって窓を閉めた。
閉められた窓に備え付けられた棚に置かれている薄いベルトが挟まり、それに気付いたミリアがそれを引っ張って解いていた。
そのまま窓枠の右側に凭れ掛かったエッダは、もう一度ベガを見ると今度は睨むように瞳を細めた。
『用が済めば、すぐにそのデンゼルとか言う男とこの島を出て行くんだろうな。』
「えぇ。その私達はつもりです。」
『私達は?』
「私達がここを離れて暫らくしたら、領主様が一度おみえになると思いますよ。」
にっこりと微笑んで答えるベガに、エッダはさらに瞳を細めて嫌そうな顔をする。
彼女の答えに満足が出来ず、かなり機嫌が悪いらしい。
舌打ちをして閉めたばかりの窓の右片方を開けると、そこから舞い込む風に鬱陶しそうな顔をして溜息を吐いた。
そんな表情をするエッダをじっと見つめていたミリアは、自分の座る椅子のすぐ後ろにあるもう片方の窓をただ何も言わずに開けた。
開け放たれた窓からもう一度塔を覗き見て、顔を外に出した状態のまま振り返って不思議そうに唸った。
「その領主様って人、嫌いなの?」
『別に。』
「怖い人?」
『俺は知らない。』
「・・・・変なの。」
今度はミリアが答えに満足できなかったのか、顔を引っ込めて不機嫌そうな顔をでエッダを見ている。
それに気付いているのかいないのか、組んでいた腕を解いてミリアの足元に伏せて眠っているトラの耳を引っ張って起こす。
小さく声を上げて緑色の瞳を開いたトラは耳を引っ張ったエッダの腕に噛み付こうとしたがそれをかわされ、喉で唸った後また頭を手の上に乗せた。
異様な雰囲気に包まれてしまった室内にベガは苦笑いをし、落されていたミリアの桜色の視線の先を追いながらゆっくりと立ち上がった。
気付いたミリアがやはり不思議そうに瞬きを繰り返し、先程頭を降ろして眠りにつこうとしていたトラもその顔を上げた。
「それでは私、行きますね。」
「・・・何しに行くの?」
「それは・・・・、えっと・・・。あ、そう。景色を見に行くんです。」
「・・・・・・。」
「とても綺麗なんですよ。」
「・・・そうなの?」
『興味ない。』
「塔から島全体を眺めれるくらいの高さがありますからね。でも登るのは疲れるのであまりお奨めはしません。」
「・・・・・行きたいな。」
『は?』
「え?」
予想していなかったミリアの言葉に、ベガとエッダはマヌケな声を発する。
先程の会話の中に、興味をそそるようなものがあっただろうか。
あったとしても、ベガはさり気なく否定を塗り重ねたはずだったのに。
困ったなといった表情をするベガは一度エッダを見て、溜息を吐いている彼に助けを求めた。
エッダはエッダで、何かを考えているのか既に我関せずといったように窓の外へと視線を移し、今日もせっせと花を運んでいる小鳥を眺めていた。
『行きたいのなら行けばいい。』
「いいの?」
『俺は行かない。だからそいつと一緒に行ってこればいい。』
「や、でも私は・・・。」
『どうせこいつも一人でなんて行けない。丁度いいだろ。』
厄介払いだと言わんばかりにミリアを押し付けようとするエッダに、ベガは困った表情を見せた。
決して景色を見に行くわけではないのに、観光気分満々のミリアを連れて行かなければならない状況。
断る理由も、おそらくミリアの「どうして?」の一言の前には無に等しいだろう。
仕方ないと割り切って、ベガは微笑んでミリアを手招きする。
少し嬉しそうに椅子から立ち上がって駆け寄る彼女は、ついてくる気のトラの頭を優しく撫でて微笑んだ。
そしてその視線を、エッダの暁の瞳に向ける。
「・・・・エッダも。」
『俺は行かない。』
「でも場所がよくわからない・・・・って。」
『・・・・・・・・・・。』
「だから、エッダも。」
絶対に一緒に行くんだと決めているのか、窓の傍から動こうとしないエッダを暫らく待つミリア。
行きたくないと頑なに動こうとしないエッダは、ミリアの顔を鋭く睨みつけている。
暫らくの時間が経っても、ミリアもエッダも動く気配が無い。
ベガは困ったなと思いながらも、歩いてきたトラが自分の足元に座って自分を見上げてくるのを見て小さく苦笑した。
「二人とも、頑固さんですね。」
小さな声で言うと、座っていたトラは待ちくたびれたのか大きな欠伸をして地面に伏せてしまった。
ベガもしゃがみ込んで背を撫でてやると、気持ちいいのか喉をゴロゴロ鳴らして擽ったそうに瞳を細めた。
そんな姿を遠目で眺める暁の瞳は、自分に向けられる桜色の瞳に一度だけ視線を移して睨み付けた。
しかしその鋭い眼光を全く気にする様子もなくただ黙って待とうとするミリアに呆れて、エッダは溜息を吐きながら壁に貼り付いていた背中を離す。
それを見たミリアは嬉しそうに瞳を細めて微笑み、少し先で待っているベガとトラの元へと駆け寄った。