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□さよなら、現世の私
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二人は対極の位置に立ち、距離を保ったまま互いの隙を窺っていた。

足元から砂をにじる音が響いたかと思えば、対面するその足元からも同じくその音が鼓膜を揺らす。肌を焼くほどの緊張が背筋に寒気にも似たものを走らせ、その肩を震わせるほどの高揚に、向き合った二つの唇は同様に弧を描いていた。

手にはそれぞれ苦無と鉄双節棍を持ち、打撃と応戦の構えを維持したまま解こうともしない。

五年は組の実技授業。その一環として行われている、紅白戦で最後に残った二人だった。

他の九名は既に各陣へ捕獲され、もはやこの場所からは目の及ばないところで最終結果を待っている。互いに各組での大将の立場でありながら、自ら動き率先して捕獲に回った団蔵と、あくまでも戦局の流れを読みつつ各自に指示を出すことに努めた庄左ヱ門とでは体力の消耗差が出始めていた。

ただし二人の間には、明確な実技実習差が存在する。元来体を動かすことを得手とする団蔵と、不得手がない代わりに実技での得手もない庄左ヱ門とではまず始点からして誤差が生じていた。

それが団蔵が体力を消耗した現在、ほぼ同格といった辺りにまで差が埋まっている。むしろ庄左ヱ門にとってはこれこそが狙いだったのか、抜け目なく隙を探りながらもどこか安堵したような雰囲気を纏わせていた。

「まったく、お前の体力には恐れ入るよ。こっちの方が一人多く組み分けされてたっていうのに、ものともしないで全員捕獲されるとは思ってなかった。残ってた三治郎までしてやられるとはね。やっぱりお前の破天荒な作戦は、僕には読み辛いな」

両手に苦無を構えつつ、自嘲の様相でそう呟く。それを褒め言葉と受け取ったのか謙遜と受け取ったのか、団蔵は鼻で笑って唇を舐めた。

「過ぎた自嘲は嫌味って知ってるか? こっちはきり丸に虎若、兵太夫に金吾までいた実戦上等部隊だったのに、見るも無残に捕獲されてるんだ。うちの策士は容赦がないったら」
「必要だったか?」
「うんにゃ、おかげで一騎打ちが楽しくって仕方ないね!」
「だよな!」

吐き捨てた言葉と時を同じく、地面を蹴りつける。横薙ぎに振られた棍を頭を下げてかわし、代わり苦無の柄を顎に叩き込もうとした庄左ヱ門はその口元が至極楽しそうに犬歯を覗かせているのを目にした。

喉が反り、やすやすとそれをかわす。そのまま後方へ手をついて回転した団蔵は、一切危なげなかったにも拘らず、危なかったと笑って見せた。

「懐に入るの、うまくなった?」
「実技ばっかりうまい連中の相手を五年もやってりゃ、それなりにね」
「それもそう、かっ!」

言葉尻に、小さな球体を投げつける。小さく爆ぜるような音を響かせながらゆっくりと近付くそれが火縄に点火されたものと知ると、庄左ヱ門は慌てて目を庇おうと腕を翳した。

途端、強い青の閃光がひた走る。

「っ、銅系の閃光弾……っ!」
「前に伊助が作ってたの、兵太夫が持っててな! 懐からくすねといたんだ!」

光に眩む視界を、暗い影が横切り、か細く鳴いた風が耳元を掠める。それを頼りにとっさに身構えるもろくに機能しない視力では充分ではなく、庄左ヱ門は腕を取られ、そのまま地面に叩きつけられた。

強打した背骨を伝い、押し殺した苦悶の声が唇を割って零れ落ちる。

「ぐ……っ!!」
「悪い、ちょっと手加減誤った!」
謝罪の言葉を吐きながらも攻撃の手を緩めるつもりはないのか、馬乗りになって身動きを封じようとする団蔵の重みに眉間を寄せる。ただし例え未だ霞む視界でも、相手が自分の上にいるとなればおおよその距離は掴めると察して庄左ヱ門の唇が吊り上がった。

鉄双節棍が喉に強く押し当てられると同じく、向かい合わせの喉に苦無を突きつける。

急激な動作の後の小休止。その緩急に体が僅かについていかないのか、荒い呼吸だけが互いの時間を流れる。庄左ヱ門は地面に取り押さえられる形で、団蔵は押さえつけている限りは鋭利な刃から逃げられない体勢で、それぞれ動きを止めていた。

やがて、どちらからともなく噴き出すような笑みが落ちる。

「っふ」
「ははっ」

くしゃりと顔面を緩め、それまでの遣り取りなど忘れた様子で笑い合う。しかしそれぞれ手に握った得物も外さず、無論相手への牽制も解かぬままのそれに、周囲の木々がざわめいた。

「やっばいなぁ。ちょっと楽しくって仕方ねぇや」
「それはこっちの台詞だよ。嬉しそうなお前を見てたらこっちまで楽しくってね、にやけ顔が直らない」
「いっそこのまま死んでもいい。死にたかないけど、今ならノリで死んでもいい」
「どうせだったら二人一緒に?」
「おう、望むところ」

軽口を叩き合い、馬鹿馬鹿しいとまた噴き出す。

「愛してんぜ庄左ヱ門」
「馬鹿な子ほど愛しいよ、団蔵」

言って、庄左ヱ門の苦無が喉に食い込む瞬間に団蔵が後ろへ飛び下がり、庄左ヱ門は素早く体勢を立て直す。自分達を含めた仲間全員で共に生きることしか視野にないだけに、せめて口先だけでも心中を謳って悦に入ってみようかと喉を揺らした。

「それじゃ懲りずにもう一戦」
「先生達が止めるまで!」

授業終了の鐘が鳴るまであと少し。その直前までは現世に別れを告げ、二人揃って死出の旅路に赴く振りも悪くないとばかりに牙を剥き合う二人に、決着を待つ審判役の実技担任は心情を知らないまでも子を見守る親の目線で眺めていた。



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