宝物

□初夢?
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初夢?※みにまむ注意




「…あれ?」

千鶴は自分の格好の違和感に、暫し見回して一人首を捻った。

いつもの桜鼠色の袴姿とは違った、もこもこでふわふわの妙な着物だ。
果たしてこれを着物と呼んでいいのか疑問ではあったが、他の呼び方が見つからないのだから、取り合えずそう呼称してみる。

袖の無い身体にぴったりした着物からは、両肩が出ていて両手には二の腕あたりまで長い手袋をはめている。
下半身はといえば、太股が丸見えの短い裾に、そのあたりまでの長い足袋の様なものと、足には脹ら脛くらいまでがすっぽりと入る履きものを穿いていた。
極めつけは、頭の上にぴょこんと出ているふさりとした兎耳。
いつも着ている着物と色が桜色で似ている事を除けば、全くもって落ち着かない恰好だ。

「これって、洋装…なのかなぁ。それにー…」

更に首を捻りつつ、着ているものよりも、もっと問題な事実に意識を向ける。
千鶴がぺたりと座り込んだ場所は、全て白に埋め尽くされ、どこもかしこも雪が被ったように真っ白だった。
実際手に触れてみれば、まさに雪の触り心地で、だけど全然冷たくも寒くも感じる事は無かった。

「ここ、どこなんだろう…」

ぐるりと見回しても、周囲は白・白・白一色。
確か自分は、雪の降る京都の新選組の屯所にいたはずだ。
同じ雪の中ではあっても、この何もない白だけの世界は、どう見ても景色の京都ではないと思う。
一体何故自分はこんな格好で、一人ぽつんと居るのだろうか。
途端に胸がきゅうっと無性に寂しくなって、座り込んでいた場所から、着物の短い裾を気にしつつ立ち上がる。
ここで寂しさを募らせていてもどうしようもないので、適当に歩いてみる事にした。

「…誰か、居ないかな」

ぽてぽて歩いてゆく自分の後に、何処までも足跡が転々と続き、景色の白も延々と続く。
代わり映えのしない光景に、このまま一人で屯所にも帰れず誰にも会えなかかったらと、千鶴の心に不安が押し寄せる。


「…千鶴?」


重く沈んだ自分の考えに入り込んでいた千鶴は、凄い勢いで聞き覚えのある声の方向へ顔を向ける。
声の主の名を呼ぼうとして、千鶴は千振り向いた姿勢のまま固まった。

視界に入ったものが、自分の現状を忘れ去る程の衝撃だったから。

「どうした、千鶴」

じっと、黒い兎ー…もとい、千鶴と似たようなふわふわの、兎の形に似せた着物を頭から足先まで全身を包んだ、異様に小さく可愛らしい姿の生物が佇んでいた。

「……あ、あの、斎藤さん……ですか?」

恐る恐る千鶴が尋ねれば、黒い耳がふわりと揺れて、首をこくりと縦に振った。

「……ああ」

返事をすると、斎藤(らしい生き物)は目元を赤く染めて、視線を千鶴から落ち着き無く逸らした。

「さ、斎藤さん。その姿どうしたんですか?」
「…わからん。気が付いたら、このような姿になっていた。これでは刀が振るえぬ上に、隊務に支障をきたしてしまう…」
「そんな状況でも、新選組の心配なんですね」
「隊士として当然だ」

目を逸らしたまま、斎藤は苦渋を滲ませて溜息をつく。
そんな姿も千鶴からみれば、あるツボを付いていた。

(…かっ、可愛いっ)

いつもの整然とした格好良さを醸し出す斎藤ではなく、まるで犬猫の様に、ぎゅっと抱き締めてしまいたくなるような姿に目が釘付けだった。
思わず誘惑に負けて、斎藤に伸ばしそうになる手を押さえ込む。
姿はどうあれ、斎藤は斎藤だ。
千鶴のこのような言動は、本人に対して失礼だろう。

しかし千鶴は、すっかり自分の状況を彼方において、目の前の斎藤をきらきらした瞳で見つめていた。
斎藤はそんな千鶴の視線を居心地悪そうに、ちらりとみやると「行くぞ」と歩きだした。
千鶴は慌てて斎藤の後を追いかけた。

「斎藤さん、何処に行くんですか?」
「…わからん。だが立ち止まってるのも、目のやり場に困る」
「え?」
「な、何でもない。……っ!」

斎藤は急ぎ足で進もうとして足を取られる。
ぽてっという擬音が聞こえる転び方で、顔面から雪の中に埋もれた。

「さ、斎藤さんっ。大丈夫ですか?」

千鶴は急いで斎藤を助け起こし、抱き上げたまま雪を払ってやる。

「も、問題ない」

斎藤は赤くなりながら、千鶴の腕から下りようとするが、千鶴はそれを押し止める。

「あの…ご迷惑かもしれませんが、このままじゃ駄目でしょうか?」
「なっ…、何を…っ!」
「一緒に歩くとなると、私の方が今大きいわけですから、歩幅がかなり合わないですよね。だったら私が失礼ながら、こうして抱っこして進んだ方が合理的です」
「………成る程。千鶴の言うとおりかもしれぬな」

斎藤は暫し逡巡すると、こほんと咳をひとつして、とても小さな声で「では、頼む」と呟いた。
千鶴はその了承に、満面の笑みで答えた。

(わー、斎藤さん抱っこ出来ちゃいました。ふわふわもこもこですっ)
(…抱っこされるのも恥ずかしいが、ここならば千鶴の足が目に入らん。それを思えば、幾分ましだ…っ)

喜ぶ千鶴と苦悩する斎藤。
それぞれの心情は別として、二人は仲良く一緒に進んでいた。

「お、千鶴?」

再び呼ばれると、どこからか飛んできた赤いものが目の前に現れた。
千鶴と斎藤は、じっと下方へと視線を落とした。

「…えーと。原田さん、ですよね」
「左之か。お前が小さいというのは新鮮だな」
「ああ。俺も新鮮だ。こっから見ると千鶴が良い眺めだしな」
「へっ?……きゃああっ!」

斎藤と色違いの赤い兎姿の原田が、千鶴の姿をにこにこと嬉しそうに目を細めて眺める。
その視線を追って、千鶴は自分が異様に短い着物(下着丸見えまで後少し)を着ていた事を思いだし、斎藤は片手に抱き締めたまま、もう一方の手で裾を太股へ引っ張った。

「…左之。嫁入り前の娘に対して、不埒な言動は慎め」
「斎藤。千鶴にその姿で抱き締められたまま睨みつけても、全く説得力ねぇって」
「ううう、すいません〜…」
「何故千鶴が謝る」
「だって、私の足なんかお見せしても、お目汚しなだけですから…」
「「いや、眼福だ(って)」」

斎藤と原田の声が見事に重なった。

「え?」
「……気にするな」
「ああ。千鶴その格好、よく似合ってるっぜ」
「えと、ありがとうございます…?」

無理に誤魔化された気がしないでもないが、今はこの現状を何とかしたい千鶴は、原田も抱っこしてさくさくと歩きだした。

「いやー、千鶴に抱き上げられるって貴重な経験だな」

いつもよりも低い視界に原田は、物珍しそうに見下ろす。

「そうですね」

千鶴はふわふわもこもこが二倍になったので、更に嬉しさ倍増中だった。

「ん?」
「斎藤さん、どうかしましたか?」
「あそこに紫の兎が見える」

小さな手で指し示した方向に、言葉のままの紫の兎が背を向けて座っていた。

「千鶴、あちらに向かってくれ」
「はいっ」

千鶴は二人を抱えて走り出した。
紫の兎はその足音にこちらを向いた。

三度目ともなれば千鶴も固まりはしないが、その兎の正体に若干ひきつりは隠せない。

「………ひじかたさん?」
「…おう」

むっつりと眉間の皺を深めた、兎姿の土方が疲れた様子でこちらを睨み上げる。

「お。土方さんもかよ。随分と可愛らしい姿じゃねぇか?」
「うるせぇ。お前も斎藤も、何暢気に千鶴に抱っこされて、鼻の下伸ばしてやがるんだ」
「副長、私は伸ばしてなど…」
「暢気も何も、どうにもならねぇなら、この状況を楽しんだ方が勝ちだろ?」
「何に対する勝ち負けだ。そりゃ」
「もう少し、気楽に考えていかねぇと、土方さん老けるぜ」
「余計なお世話だ。だったら何か。お前が新選組の副長を、俺と代わってくれるってのか?」
「副長にしか新選組の副長は勤まりません。左之がなった場合…それこそ泥船です」
「おい、俺はかちかち山の狸かよ?」
「あ、あのっ…ここで言い合ってても仕方ないですからっ。土方さんも一緒に行きませんか…?」

不毛な三人の会話を千鶴は遮り、土方の前へ膝を落とし、懇願の瞳をひたりと向ける。
土方は千鶴の顔と格好を交互に見返して、ぽつりと言った。

「…千鶴。屯所での締め付けが厳しいからと言って、そんなに解放された着物を着るこたぁねぇんじゃねぇか?」
「自分で好きで着た訳じゃありませんからっ!」

ずれた土方の解釈に、千鶴はむきになって否定する。

「そういう事にしといてやるよ」
「ですから、違います〜」
「千鶴。土方さんは、これで似合ってるって言ってるつもりなんだぜ?」
「…原田、余計な事言うんじゃねぇ」
「へいへい」
「…千鶴。どちらに向かうか?」
「そう、ですね……え?」

わかりづらい誉め方をした土方も抱き上げて、三人を腕の中に納めた千鶴が歩く方向を確認するべく見回すと、周囲がぐにゃりと曲がった。

「きゃあっ…!」
「千鶴!」
「千鶴!」
「千鶴!」

身体が揺らぎ平衡感覚を保てなくなった千鶴は、腕の中の三人を護るように力を強めると、白い空間に飲み込まれるかの如く意識を飛ばした。


***


ぎゅうっ。

「…あれ?」

千鶴は抱き締めていたはずの両腕の中に、何もない事に気付いた。
逆に誰かに自分が抱き締められていて、暖かな温もりに包まれていた。
ぼんやりと覚醒途中の頭で、目の前の誰かを見上げる。


「千鶴、お早う」


そう言うと千鶴にだけ向けられる綺麗な笑顔で、微笑むとそっと額に口付けを落とした。
千鶴は触れられた額への熱と、じぶんを包む腕の存在が誰なのかを認識して、ふわりと微笑み返して瞼を再び閉じる。


(…抱き締めて捕まえていたはずなのに、捕まっちゃってました)


千鶴はそんな事を思いながら、もう一度自分から捕まえようと、遙かに大きくなった背中へと腕をまわして抱き締めた
そういえば、今年って卯の年だったっけと、千鶴が思い出したのは夢から醒めた後の事。



20101231UP・HAPPY NEW YEAR!(C)神様のくれた五分・皐月あおい

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