あの空のなまえ

□星空見学会の段
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「そうだ、星空見学会を開こう!」

それはまたいつもの如く唐突だった。
それというのは、この忍術学園のトップである学園長先生の“突然の思い付き”のこと。
学園長先生の突然の思い付きと言えば、この学園を混乱に巻き込む恐怖の代名詞となっている。
権力に物を言わせ、思い付いたらどんなことでも有無を言わさず実行する(させる)我儘っぷりに、先生も生徒も毎度大迷惑していた。
最もその思い付き自体は、少々子供染みたやんちゃな内容が殆どなのだが。

緊急で開かれた全校集会に嫌な予感を感じつつも集まった1年生から六年生の忍たま一同は、学園長先生の開口一番の思い付き宣言に露骨に顔を歪めてうなだれた。
口にこそ出さないが、どの生徒の顔にも「ま た か」と書いてある。

「なんじゃなんじゃ、その嫌そうな顔は!」

生徒たちの反応が薄いことが心外だったのか、学園長先生は腕を組むと眉をつり上げて不快を露わにした。
生徒たちの反応が薄い原因が、自分の今までの行いにあるという自覚があるのか無いのかは定かではないが、反省していないことは明らかである。
その時、きちんと整列した列の中から、オリーブグリーンの制服を着た一人の忍たまがスッと手を挙げた。
白い肌とサラサラのストレートヘアが印象的な六年い組の作法委員長・立花仙蔵だ。

「質問があるのですが。」

「はい、作法委員長の立花仙蔵!」

ビシッと指名された仙蔵は顔色を変えることなく、落ち着いた声色で尋ねた。

「星空見学会、と仰るからには夜に行うおつもりと察しますが、なにゆえこのような真冬に?」

防寒対策は厚着、暖房設備はたき火か火鉢か囲炉裏くらいしかないこの時代、特に冬の夜は長屋の中に居ても震えるほど寒いのに、外で星を眺めるなど余程の物好きでない限りもっての外。
せめてもう少し暖かくなってからでも遅くはないはずだ。
仙蔵の的を射た質問に、おおっとどよめきがあがった。
しかし学園長先生は平然と答える。

「冬は空気が澄んでいて星がよく見えるからじゃ。それに、暖かくなるまでわしが待てない。以上!」

「はあ…。」

少しも動じないその姿に、仙蔵は呆れ生徒一同の士気が下がった。

「はい。」

「今度は何じゃ、保健委員長の善法寺伊作!」

続けて手を挙げ指名された六年は組の保健委員長・善法寺伊作は、至って穏やかに尋ねる。

「このあいだ学園長先生の思い付きで行った文化祭と同じく、星空見学会の本当の目的はガールフレンドとのデートなのでしょうか?」

以前、忍術学園ではこれまた学園長命令で文化祭が催された。
忍術学園が誇るへっぽこ事務員の小松田さんが、敵味方関係なく招待状を送ったお陰で忍術学園内は一時騒然となったのだが、その時学園長先生はと言うと生物委員会のアトラクション内で呑気にデートをしていたのである。
今回の思い付きも、その可能性が無いとも言えない。
デートならば何も学園総出で見学会を開かずとも良いだろう。
抗議案がまとまった生徒一同が構えると、学園長先生は後ろで手を組みしれっと言い放った。

「半分正解じゃが半分外れ!もう半分の目的は当日まで内緒じゃ。」

「半分って…そんなに胸を張って言われても。」

あはは、と伊作は苦笑し他の生徒はまたもや撃沈した。

「自分も質問して宜しいでしょうか、学園長先生!」

「えーいまたか!何じゃ、用具委員長の食満留三郎!」

間髪をいれずに真っ直ぐ手を挙げた六年は組の用具委員長・食満留三郎に、若干苛立ちながらも学園長先生は指名した。

「学園長先生のことです、何か深いお考えがあっての提案かと思います。我々忍たまも強制参加となれば、きっと勉学や鍛錬の役に立つ内容のはず。お言葉ですが、星空見学会と忍術に何のご関係が?」

学園一忍者していると有名な留三郎らしい質問と言えばそうだが、はっきり言って今までに学園長先生の思い付きが為になったことなどない。
実践を積むという意味では為になっているのかもしれないが、何でもかんでも鍛錬と結び付けられては困る。
ここで学園長先生が言葉に詰まれば、他の先生方も翌日の授業への影響を考慮して反対してくれるかもしれない。
生徒一同が期待の面持ちで学園長先生を見遣ると、一応は自分を立てた質問の仕方に気分を良くしたのか、にっこりと笑って答えた。

「六年生諸君は相当やる気があるようじゃな、感心感心!その通り、わしがやるというからには意味がある。じゃがそれは深い。深い深いところで忍術とも繋がってくる。言葉では表しきれない深さじゃ。」

「そういうものですか…。」

尤もらしく目を瞑って頷く学園長先生に留三郎はきょとんとし、他の生徒一同はどう足掻いても参加しなければならないことを暗黙のうちに悟ったのであった。
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