*そして僕等の世界は染まる*

□五日目
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「俺はもう心底お前に愛想が尽きた。

いい加減にしろ、バカ。

だいたい同じことを何度言わせりゃ気が済むんだ?

バカなのか、アホなのか、記憶力に乏しいのかいったいどれだよ」


「な、何事?!!」



俺が寮の三人部屋で盛大に暴言をはいていると、ヒヅキが慌てて入ってきた。

息を切らしているのは走ってきたせいだろう。

しかし片手に醤油、もう片方に木製の軽いバッド。

何事だと聞きたいのはこちらの方だ。



「よう、ヒヅキ。

一昨日ぶり」


「よう、じゃねーよ!!

お前門限守らないどころか帰っても来ないってどーいうことだよ?!

しかもクラスのやつが血まみれのフタバを見かけたって言うから、戻ろうと思ったらミヤビがキレてるって言うし…」



お陰で醤油とバット持ってきちまったよ、と言うがどこから慌ててきたらそのラインナップになるのか俺には分からない。

ヒヅキの言葉の通り、フタバは血まみれの姿で俺の目の前に座っている。

正直、これだけ怪我するなら自分でも何かしろと言いたいところだが、コイツが手を出すとろくなことがないので黙らせる。

そう、俺は盛大に暴言をはきながらも、仕方なく目の前のバカの手当てをしている。



「いやー、今回の相手がすげぇバカでさぁ。

夜で体の動きが鈍ってる間なら俺をやれるとか思い上がりやがって。

お陰で寝不足。

今日が休みでマジ助かった」


「助かってねぇよ。

貧血でぶっ倒れる前に俺がとどめさしてやろうか」


「ま、つーわけで今帰ってきてミヤビにキレられてるってこと。

OK?」



俺がついた悪態を軽く受け流しながら説明をするフタバに、ヒヅキは戸惑いながらも頷いた。

とは言え、扉を閉めたヒヅキはフタバをマジマジと見ている。

大方、これだけ怪我だらけの人間が珍しいのだろう。

そう思っていたら、



「ミヤビって、医学部志望とか?」


「は?

俺、文系だけど」


「とか言いつつどの教科もほぼ満点とるから嫌みだよなぁ」

「え?!

ミヤビってそんな頭いいの?!!」



皮肉げに笑うフタバを無視しつつ、ヒヅキの言葉に首をかしげる。

なんでこのタイミングでそんな台詞が出てくるのか。

察したように、フタバがそう言うことかー、と呟いた。



「確かに、普通この年でこんなに応急処置の知識あるやついないよな」


「そうそう!

やけに手際いいからビックリしてさ」



ヒヅキが大袈裟に声をはってみせる。

俺はそれに対して、ため息をつく。

中学時代、いったいどれだけの悪さをしたかわからない。

今思えば下らないことや墓場まで持っていきたくなるようなものが多いが、そのどれにも怪我はついて回る。

誰かを傷つければ誰かに傷つけられる。

因果応報って言うのは良くできた言葉だと、つくづく思う。

だが大怪我でもないのに病院に行くのは気が引けるし、生徒の管理を完全に放棄した保険の先生が手当てなどしてくれるはずがない。

よって多少の怪我は我慢するか、もしくは自分でどうにかするしかないのだ。

おまけに、フタバにはどうしようもない前科がある。



「だいたい、誰のせいでこんな知識蓄えるはめになったと思ってんだよ」


「確実に俺のせいだな」


「え、なんでなんで?」



楽しげに笑うフタバに腹をたてながらも、包帯を巻く。

手を動かしながらも、ヒヅキがうるさいので仕方なく説明してやる。



「こいつ中2の時、一人で他校の奴と喧嘩したんだよ。

とりあえず勝ちはしたんだが、バカだからそのままぶっ倒れやがって。

あの時、俺がどれだけ探してやったことか…。

病院にも行きたくねぇっつーから、見よう見まねで応急処置したんだよ。

そしたらまんまと味しめやがって、平気でバカやりやがる」



それまでは強いだけあって、少しは後先を考えながらやっていたのに。

俺も甘いな…、とも思いながらも放っておけない。

それを見抜かれているようで、余計に腹が立つ。

ニヤニヤとしまりのない表情で見つめるヒヅキに、その怒りは倍増だ。



「…なんだよ、ヒヅキ。

言いたいことがあるなら言え」


「ははっ、イラついてるなぁ」



睨み付けてはみるが少しも効果はないようで、ヒヅキの表情は変わらない。

俺は最後の傷の箇所に包帯を巻きにかかる。



「やっぱり、ミヤビは優しいよ」



ヒヅキの言葉を聞いて、フタバが何とも無遠慮に笑いだす。

普段なら受け流すが、こういう時はどうしてこんなにも引っ掛かるのか。

最後の包帯を綺麗に巻き終え、カチャカチャと道具をしまう。

それも至極、冷静に。

はたと失態に気がついたヒヅキが、おずおずと俺に声をかける。



「あ、あの…、ミヤビ?」



申し訳程度の笑顔を浮かべながら、俺の片手にをかける。

俺はその手をしっかりと掴み、もう片方の手で扉をあける。

そして一言。



「二度と帰ってくんな」



限りなくドスのきいた声を放つと共に、ヒヅキを勢いよく外に出した。

片手に醤油、もう片方に木製の軽いバッドを持ったヒヅキを。

俺はそれを忘れたヒヅキが醤油をぶちまけ、ちょうど角を曲がってきた管理人の方へとバットを吹っ飛ばしたのを見届けてから、扉を閉めた。

しばらく黙っていたフタバがニヤニヤしながら俺を見ている。



「なんだよ」



外では酷く怒鳴る管理人の声が聞こえる。

正確には分からないが、どうやらその場で正座を要求されているようだった。



「いや?

どーすんのかなぁと思っただけ」


「…るせ」



もう一度深いため息ついてから、俺は仕方なく管理人への弁解の言葉を考えた。









(優しいなんて言葉)

(心外なはずなのに)

(どうして放っておけないのか)
 

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