*そして僕等の世界は染まる*

□六日目
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「おい、俺に構うな!!

戻れ!!」



フタバが珍しく声を張り上げる。

通りの良い声のせいなのか、ケンカを売られても虚勢を張る必要のない強さのせいなのか、フタバが中学時代に大声を張り上げることなどほとんどなかった。

しかし今はくぐもり、掠れた声が叫ぶ。

血だらけの体の精一杯の叫び。

柄でもないな、ふとそんな悠長なことを思った。

でも、それどころじゃない。

俺は足元に転がった木製のバットを拾い上げながら言った。



「お前みたいなバカだって、やられてんの見たら放っておける訳ないだろ!」



バットのグリップの感触を確かめてから強く握りしめると、大きく息を吸って勢いよく走り出した。

場数を踏んでいない訳じゃない。

中学時代、フタバに巻き込まれて幾度となくケンカはしてきた。

でも、コレは今までみたいな生易しいものじゃない。

本気で奴等は向かってきている。

コレが、殺し合いだ。

思わず唇を噛み締める。

久しぶりに食らった蹴りや拳の感触が、いまだに鮮明に残っている。

震えんなバカ。

奥歯をグッと噛み締め、そしてバットを振り上げたその時。



「お巡りさんっ!こっちこっち!!」


「っっ?!!」



後ろから響いた声に振り返ると、そこにはやはりアイツがいた。



「ヒヅキ…」


「っくそ!」



ヒヅキがいつものオーバーリアクションで人を招くような仕草をしている。

それを見たフタバが名前を呟いたのと同時に、フタバを取り押さえていた1人が力を緩める。

今しかない。

俺は手にしていたバットを、フタバを殴り付けていた後ろの男に思い切り投げつけた。

でもコレはフェイク。

相手が気をとられた瞬間にフタバを羽交い締めにしている男からフタバを引き剥がす。

立っているのもやっとこ状態だったのか、フタバはその場に崩れ落ちた。

人質、そして標的だったフタバを失ったのと警察という言葉がきいたのか、数人の男たちは舌打ちを残して逃げていった。

俺がフタバのもとに駆け寄っていくと、ヒヅキも息を切らして走り寄ってくる。



「フタバ!

大丈夫か?!!

俺の声、聞こえてるなっ?」


「おい、返事しろってフタバ!!」



しきりに俺達が名前を呼ぶと、漸くフタバは軽く手を振って答えた。



「…るせぇよ、お前ら…。

耳元でギャーギャー騒ぐな」



なんともフタバらしいその台詞に不覚にもほっとしてしかまう。

ヒヅキも同じだったようで、一息ついてからその場に座り込んでいた。



「だったらそんなにやられてんなよ。

さんざん心配かけやがって…」



俺が悪態をつくと、フタバがいつものようにヘラヘラと笑う。

額に落ちる髪をかきあげたフタバを、俺は軽くこづいた。



「何だよ…、大丈夫なのかよ…」



死ぬほど心配したわ…、と本音なのか冗談なのか分からない台詞をヒヅキが言う。

いや、コイツのことだからこんな恥ずかしい台詞もきっと本気で言っているんだろう。



「何だ?

俺がもっとボロボロだったら面白かったか?」



ニヤリと頬を緩めて皮肉混じりにフタバが言う。

その拍子に殴られた箇所が痛むのか、軽く体を押さえたが表情は変えない。

でも、少しくらい余裕を気取っていられる方がフタバらしい。

そして、俺も。



「そんな訳ないだろ!

もしかしたら死んでたかもしれないんだぞ?!」


「そうか?

俺は骨折の一つや二つしてた方が面白かったけどな」


「ちょ、ミヤビまで!」



俺の言葉に反応したヒヅキを見て、フタバがまた笑った。

いつもと同じ、少し子供っぽい笑み。

そういうとアイツは怒るけど。

訪れた緩んだ空気に、俺も思わず笑ってしまった。



「おい、二人とも〜」



そう言いながらも、ヒヅキもつられて笑っていた。

静かなはずの場所に、不似合いな三人の笑い声が響く。

それはどこまでもバカらしくて、でも高校生らしくて、俺達らしくて。

何でもないのにただただ笑った。



「なんか、いいよなぁ」



ひとしきり笑って落ち着き始めた頃、ヒヅキが呟いた。



「なぁに寝惚けたこと言ってんだ。

身体中ズタボロじゃねぇか、俺達」



いや、ズタボロどころの騒ぎじゃないだろう。

フタバなんてもはや制服のシミが血なのか土ぼこりの汚れなのか分からない。



「や、皆して全身ケガだらけで、服もボロボロなのにこうして笑えるのって。

なんか、仲間って感じしねぇ?」



いつものように俺とフタバだけなら絶対に出てこないようなことを言ってのけるヒヅキ。

普段なら鳥肌がたつだの気持ち悪いだのっているフタバも、今日に限ってはノリノリだ。



「んなこと、お前に言われなくてもな」



途中まで言葉を紡いで止めると、フタバが続きはお前が言え、とばかりに俺に視線を合わせてきた。

どいつもこいつも、俺の柄じゃねぇってのに。

軽く瞳を閉じ、たまっていた息を吐き出し覚悟を決める。



「元々、仲間だと思ってるよ」









(言わせるなと)

(睨み付けたい衝動を)

(今だけは後にして)
 

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