小説

□風邪
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ちょっと傘の中は狭いけど、降谷がさしてくれているから苦ではない。

傘に雨があたる音だけの空間で何か気まずい。
「降谷」
「・・・?」

呼びかけるとこっちに顔だけ向けた。
改めて名前呼んだのは初めてなんじゃないかと
思うほど不思議な感じがした。

「何で傘持って来てくれたの」
「何で、って」

「ブルペンに行くの、見えたから」

帰れなくなってんじゃないかなって。
降谷はそう続けた。そう、と返して会話終了。

寮につくと、何も無かったかのように降谷は傘を閉じてすたすたどこかへいってしまう。
いや実際なんてことは無いただの親切なんだけど。
それをこいつがやるとおかしな感じがしてたまらない。

とりあえず部屋へ直行。
同室の先輩はどこかで練習してるみたいでいない。
なんか自分だけ休むのも申し訳ないけどちょっと限界来た。
布団に包まって縮こまる。
冷え切ったシーツと布団が寒さを増す原因になって、やすやす落ち着いてはいれない。

その間もずっと頭の中は何故か降谷のことでいっぱいだった。
野球やってる限り、試合中に雨が降ってくることもあるし練習中も
多少の雨ならやる。
濡れること自体はそんなイヤじゃないし普段なら傘なんかいらなかった。


そんなこと降谷だって分かってるはずだ。
もしかして。確率は低いけど。
あいつは俺が体調悪いの知ってて傘を持ってきてくれたんじゃないか、とか。
そう思ってしまう。

それはないか。あの天然だし。
余計なこと考えてないで寝よう。

と思ったけどいつまでたっても寒いままで、というか酷い寒気がして
眠りにつけない。
あーあ、なんかすっげ孤独感・・・

頭まで布団をかぶってとにかく寝ることに集中した。しばらくしてキイ、とドアの開く音。
先輩が帰ってきたみたいだ。お疲れ様です、とか言わないといけないんだろうけど
体を動かす気にもなれない。
心の中でお疲れ様ですを言って、寝返ったらぺろんと布団をはがれた。

あ、怒らした?
そう思い布団をめくりあげた先輩を見上げた。
・・・・??

でもそこにいたのはまたも未知の生物で。
ほんとにもう何なんだこれ。今日は降谷デー?
上体だけ起こして、降谷を見つめる。

「・・・・」
流石にビックリして何も言えないでいると、はい、とまた何か持ってきたようで手渡された。

「?」
「ココア」
「それは見ればわかるっつの」
「いらない?」
「・・・・いる、けど」

どうやら自分の分も持ってきているようで、一つをこちに差し出した。
受け取ったそれはまだ温かくて今買ったばかりなんだろうということが伺える。

「・・・・」
何でココア?と聞こうとしたら、
「寒いかな、と」
思って。と先に言われた。

降谷はそのままベットに体を預けて、ココアを開けて飲み始めた。
「・・・あつっ」
さらりとそんなことを呟きながら。
特に何を言うわけでもなく、もくもくと。
顔をこっちに見せていないけど、ああ、ほんとにこいつ良く分かんない。
話したこと全然ないじゃん。
なのにわざわざ持ってきてくれてるし。
風邪って分かってるならもっと他のものでもいいんじゃないかとも思うけど。

多分これはこいつなりの精一杯の何かなんだろう。



「・・・・分かってるなら他のものでも」
と可愛くないことを口走ってしまったら、
「じゃあいらない?」
と顔だけこっちに向けられた。
「・・・いるけど」
「・・・分かった」
そしてまた顔を元に戻す。


まだ体調も悪いししんどいけど、何だかこの生き物を見てたら一瞬そんなこと忘れられたような気がした。
自然と顔がほころぶ。

「・・・・ありがと」

そう呟くと、またこっちを見て、「・・・うん」とだけ呟かれた。






やっぱり苦手だ








(でも、嫌いじゃないかも)









降谷はちゃーんと気付いてたんですよ風邪のこと。
風邪のときなんとなく寂しいのも知ってるからいっしょにいてあげてるんです。
チームメイトのために何かするというのが嬉しくてたまらない感じ。
向井君が顔赤いのは風邪のせいと、ちょっと照れ。
本気でこの子、♂同士のとき受けか攻めかわかりません。
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