7thB.V

□私に逆らう事なんて出来ますか
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そろそろと近づいてくる春の陽気は、心を穏やかにさせる。
心地よいまどろみに惰眠を貪るのもまた気持ちが良い。

カーテンの隙間から差し込んだ日の光は、随分と高く昇っている。
朝食の時間はとうに過ぎ、ブランチでも遅すぎるほどになっていた。

ころんと寝返りを打って、シーツに顔を埋める。
冥使になったレナは、日の光には弱くなってしまった。
しかし、春のこの雰囲気はとても心地の良いものだった。
柔らかい温かさで包まれて、まるであの頃のように日差しを浴びて目を覚ますのも良いのではないかと思えてきた。

いつもなら、この時間まで寝ていればアーウィンが必ずと言っていいほど起こしに来るのだが、今日はまだ顔を合わせていない。

何故なんだろうと、ぼんやりと考えるのだが何せ覚醒していない頭では考えられる訳はなかった。

カーテンの隙間から見える外の天気はとても良いものだった。
この天気なら、外に出てピクニック気分でランチするのも良いなとぼんやり思って、レナは起き上がった。
薄い生地のネグリジェのまま、部屋を出るとふんわりと香ばし匂いがした。
それに誘われるようにふらふらと歩いていく。
窓から見えるチェローブロッサムの花の下で、シートを引いてアーウィンとフレディと一緒に食べたらきっとおいしいだろう。


「アーウィン?」


まだ寝惚けたような顔で、レナはその部屋に入る。
香ばしく焼かれたパンがテーブルの上に乗っていた。


「ねえちゃん。なんて格好してんだよ」

「あれ、フレディ?」


ぽやんと首を傾げる。
てっきりアーウィンが焼いているのだと思っていたのにと、少し残念に思って椅子に座った。


「おはよう。って、もうお昼だけどね」

「おはよう、フレディ……」


ふわんと欠伸をして、目を擦った。
普段からぽやんとした印象のあるレナなのだが、起きたばかりの彼女は余計にふわふわとして見えた。
何故だか顔が赤くなるフレディは、どうしたんだと自問自答していた。


「…ねぇ、フレディ」

「な!? なに、ねえちゃん!!」

「アーウィンは?」

「私がどうかしましたか?」


エプロン姿のアーウィンは、出来たてのパンがのったプレートを持っていた。
あまり似つかない格好なのだが、アーウィンは料理上手だった。
普通の冥使は、食事をしなくてもいいのだが、人間として暮らしてきたレナのために小さな頃から料理はアーウィンがしていた。
冥使となったレナも勿論、人間の食事は必要ないのだが、レナの場合は特殊だった。
いったんは冥使として、央魔として己の影と融合していたのだが、何故だかまた分裂して、今も影は個として存在している。
そのため、レナの方がより人間に近く他の冥使とは違って人間のように食事する事ができた。


「アーウィン」


レナはアーウィンの持つパンに引き寄せられるように歩み寄った。
ふんふんと鼻を引くつかせる姿は、子犬のように見えた。
目を細めて、匂いを吸い込んだ。


「これはこれは、随分と遅いお目覚めですね」

「ご、ごめんなさい」


しゅんと下を向いたレナの頭が大きな手に覆われた。
いつもの厳しい声なのに、その表情はどこか優しげにフレディには見えた。
蚊帳の外にされてしまったフレディは、腕を組んで二人を見ていた。
アーウィンの後ろに隠れていた影が、とことことフレディのところにやってくる。
くるんとした赤い目がフレディに微笑んだ。


「にしても……レナ、なんて格好なんですか」

「あ、これは」


徐々に意識が覚醒してきたレナは、改めて己の姿を見て顔を赤くさせた。
とは言っても、あの事件の時にはいつもそのネグリジェの姿でフレディとも会っていたのだが。
それなりに恥じらいもあって、両腕を抱きしめたレナにフレディもなんとなく気まずくなって、顔を逸らした。
相変わらず、影だけは何も分かっていないようで、フレディに抱きついていた。


「いけない子ですね」

「だって、いい匂いがしたんだもん」

「子供ですか」

「だって……」


白い頬がぷくりと膨らんだ。
アーウィンはふっと口角を上げと、レナをひょいと抱き上げた。
まるで荷物でも抱えるように、肩に抱えられたレナは驚いてぽかんとする。


「なに!? いやよ、下ろしてよ!」

「いやです」

「いやって、アーウィン!!」

「れなぁ?」


ばたばたと暴れるのだが、体格さもあってさしたる抵抗にはなっていない。
手足を動かすと、ネグリジェのフリルが捲れあがる。
今度こそ本当に、フレディは目を逸らした。


「レナ…見えますよ」

「え? きゃあ!!」


抵抗も出来なくなったレナは、大人しく肩に担がれるしかなくなった。
レナは、アーウィンの首につかまった。


「どうしました?」

「いじわる」

「なにがですか?」


しれっとそう言ってアーウィンは、すたすたと部屋を出て行った。
うんざりとした顔で見ていたフレディは、影を見た。
いつの間にかテーブルに載っていたパンを手にしていて、ふんふんとレナと同じ仕草で匂いを嗅いでいた。


「……兄ちゃんって、分かりやすいね」

「はい!」


にこりと笑ってパンを差し出している影にフレディは、冥使の影に癒されるのは如何なものなのだろうかと、パンを受け取るのだった。




ぎゅっと首に抱きつくレナを横抱きにしたアーウィンは、レナに囁いた。
その声は、レナにしか聞こえないほどの声だった。

レナの部屋のドアを開けたアーウィンは、くすりと笑った。




“私に逆らう事なんてできますか?”





end




ロリコンなアーウィンさん←←
きっとその後、イタズラされたに違いない

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