book2

□宵闇の指極星
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キラ視点




風呂から出て、寝室のベランダから空を見上げた。
この辺りの気候は年間を通して高温多湿で、雨季に入っていたこの時期はずっと雨続きだった。雨雲ばかりが空を覆っていたけれど、今日は久しぶりに晴れた夜で、星が綺麗に瞬いていた。あらゆる天候管理がされているプラントや宇宙コロニーと違って、地球は自然と共存しながら生活しなければならない。雨も、予報を立てることは出来ても管理することは出来ないから、こうして雨季に晴れた空を見ることができるのは、本当に自然と生きていると感じる。そうしてこの時期にあまり見ることができないものだったから、外に出て星空が見たくなって、思わずこうしてベランダに出てしまった。
…お風呂上りで髪も乾かさずにこんな事してたら、アスランが見たら怒るんだろうなぁ。

「…何やってるんだ、そんなところで。 風邪ひくぞ?」

風呂から出たばかりで、まだ少し水の滴る髪をタオルで拭きながらアスランが寝室のドアを開けると、キラがベランダに立って真っ直ぐに空を見ていた。
キラが何をしているのか分からないアスランは、不思議そうにキラの顔を見ながら、近づいてくる。

「髪まだ濡れてるじゃないか。……冷えるぞ、そんな事してると…」

半分呆れながら、自分の髪を拭いていたタオルを被せて、水分を奪うように拭いていく。
昔から、こうやって色々と世話を焼くことがアスランは多い。キラ自身がそういったことに無頓着なことも理由の一つだろうが、どうにも放っておけない、とついつい手を出して世話を焼いてしまうらしい。
言い方は少しぶっきらぼうでも、呆れた表情で見下ろしていても、髪を拭いてくれているその手は、ひどく優しい。いっそそのまま身を委ねたくなるほどに温かな、凄く、安心できる、アスランの手…。
自分の手も、戦争で誰かの命を奪ってしまった手だ。それはアスランの手も同じではあるけれど、どうしてこんなにも温かいのか…。

「まったく…。 目を放すとすぐこれだ…。自分の身体の事考えろよ…」
「…ゴメン…。 でも、ここに居ないとダメなものだったからさ」

やっぱり、思った通り怒られてしまった。それでも、多分そう言うだろうな、と予想はしていた分、予想が正解した事もあって、くすくすと笑いながら謝って、少し言い訳してみる。
そうしたら、ため息を吐きながら、『笑って言う事か』と軽く小突かれた。

「…で? 何でこんな所に居たんだ?」
「ん?上見てよ、上!」

訝しげな眼差しで上を見上げたアスランに、すごいでしょ? と付け足す。
折角こんなに綺麗に晴れた夜空なんだから、見ないわけにはいかないじゃない。

「本当だ、凄いな。 満天…」

思わず感嘆の声を上げたアスランに、また、くすくすと笑って返す。

「ね? ずっと雨が降ってたから、塵とか砂とか、そういうの全部下に落ちて空気が澄んでるんだよ。こんなに綺麗にならないでしょ?」

だからベランダに居たんだ、と続ける。
そう言ったら、やっとここに居た理由を判ってくれたようだ。

夜空に輝く、満天の星空。
こればかりは、雨季が終わるのを待つしかない。オーブ本島は、軍事施設や行政・経済の中心地ということもあって、人工的な光が辺りを支配している。そんな都会では、明るい一等星や二等星はともかく、人工的に瞬く光が明るすぎて、本来夜空に輝く低い等星まではなかなか見る事が出来ない。それに加えて、雨季がそれを更に困難にしていた。
アカツキ島にある、母親や戦争孤児の子たちと住んでいた海辺のマルキオ導師の伝道所ならもっと沢山見えたのかもしれない、とは思えたが、それでも、こんな都会でこれだけの星空が見られたのは、時間に追われながら忙しい日々を過ごす中でのささやかな喜びになる。

今アスランと2人で住んでいるのは、オーブ本島の少し郊外にある家だ。
C.E.73から74にかけて起こった戦争が終結した後、ラクス、キラの母親、そして戦争孤児となった子供たちとアカツキ島にある海辺のマルキオ導師の伝道所にキラは住んでいた。その伝道所も、地球にユニウスセブンの破片が落下した際に高波に流されて無くなってしまったが、停戦協定が締結され平穏に暮らせるようになってから新たにもう一度建てられ、またその場に住む事になった。最初はアスランもその場に住もうとしていたが、オーブ本島の内閣府官邸で仕事をするカガリの護衛をする自身の出勤時間を考えると、少し遠い。
伝道所が流されオノゴロ島にあるアスハ家の別邸に移り住んだときに一度破壊されてしまったが、今は別邸もマルキオ導師の伝道所と同じように建て直されたため、そこに住む、という案もあった。けれど、あくまでも別邸の持ち主はカガリであるし、別邸は別邸で何かあったときに使えるようにと、今の郊外に家を借りて住む事に決めた。決して広いとは言えない家ではあるけれど、2人で住むには丁度良い広さだ。それになにより、アスランがこの場所に居る事こそが、自分にとって大切な事でもある。
互いが互いを殺そうとした事もある。お互い、大切な友人を戦争で失った。失くす辛さを、自分達は知っている。アスランが居てくれるからこそ、今、僕はこうしてここに居られるんだ、とそう思う。
今、大切だと心から言える存在が自分の側に居てくれるという事実を、何よりも大切にしたい。

「ここに居た理由は解った。……けどまさか、風呂出てから、ずっとベランダに居たとかじゃないよな?」
「…えっ、と…! ……あはは…」
 
いきなり核心を突かれたから、変な答え方しちゃったじゃない…。
まぁ、ここに居たのは事実だけど…。突かれたくない所を突いてくるよね、アスランって。
子供の時からアスランはよく気が付く方ではあったし、僕もそれに助けられてきた。特に勉強の類は。ユニット制作なんて苦手だったから、何度アスランに手伝ってもらったか。ユニット制作はアスランの手助けが無かったら宿題の提出すら出来なかっただろうな。細かい作業なんかが得意だった事もあって、全般頼りきってたなぁ。手先が器用だし、本当に米に字が書けるんじゃないか、と何度も思った。アスランには「書いて何か意味があるのか」なんて言われたけれど。書けそうだと思っただけ。米に字。
昔、造りたい、って言ったユニットを「お前には無理だ。俺にだって難しいぞ」とバッサリ言われて、簡単なユニット制作にした事は懐かしい記憶の一つだ。そして、プラントにアスランが引っ越すときに、その難しいと言っていたユニット『トリィ』を貰った。今でも僕の大切なものだ。

「だから風邪引くって言ってるだろう! …まったく…何でこう、他人の身体に関しては気を使うくせに、自分の身体に関しては鈍感なんだか…」
「…だ、だって…部屋から見てても凄く綺麗で…どうせなら外で見たいなって思ったんだもん…そしたら……」
「…そしたら、時間を忘れてた…って?」

さすがだなぁ、アスラン。行動なんて、すっかりお見通しみたい。綺麗に当たってる。
けど、もう少しだけこのまま外で見ていたい。これを逃したら、また次の晴れの日まで見られなくなってしまうから。

「ほら、もう中入るぞ…これ以上ここに居るとホントに風邪引くからな…」
「うん、でもあともう少しだけ! それにさ、寒くなったらアスランが暖めてくれるでしょ?」
「…っ、キラ!」

部屋の中に入れようとアスランが手を引くと、キラが振り返ってそう言った。
湯冷めはするかもしれないけれど、本当に部屋に連れ帰るときはもっと強く手を引いて問答無用で連れて行くはずだ。けれど今はそれほど強く引かれたわけではないから、キラの行動を少しは目を瞑ってくれているようだ。
もう少しの時間なら付き合ってくれるのか、アスランが隣に立ち、同じように空を見上げた。
それに、本当に寒くなってきたら、きっとアスランは暖めてくれる。口では呆れたり怒ったりするけれど、きっと僕が望んだら、放っておかずに側に居て抱き締めてくれるだろうから…。

「……あっ! 流れ星!!」

それでも、流石にずっとここにいるわけにもいかず、部屋に入る前にもう一度、と思って見上げたら、ひとつの星がシュプールを描くように、流れていった。
流れ星を見るなんてあまり無い事だったから、思わず目で追いかけた。

「願い事…すれば良かったかな…?」
「何て?」
「ん〜…このまま、一緒に過ごせますように…?」
「…そんなの、祈らなくても叶うだろ」
 
そう、凄く当たり前のように言うから、一瞬何も考えられなかった…。
でも、アスランのそういう所、凄く好きだ。考える風でも無く、それが当たり前の事のように言ってくれた。それだけで、何だか嬉しかった。アスランも同じように一緒にいたいと思ってくれている。それが何よりも嬉しい。

「へへ…っ。 アスラン…今日、手繋いで寝ても…いい?」
「…何、急に」
「ん〜…何かね、そうしたいなぁ、って思って」
「別に…いいけど…」
 
不器用な言い方だけど、そんな言葉の中には、アスランの優しさが沢山詰まっている。
手を繋いで寝るなんて子供っぽい事だと思われるかもしれないけれど、それを叶えてくれるアスランが、やっぱり好きだなぁ、なんて思ってしまった。

アスランは、甘やかしてくれる事ばかりだ。
もちろんキラに対して頼る事もあるが、どちらかといえばアスランがキラを甘やかす事の方が多い。そんなアスランに対して、自分も何か返していきたいと思う。甘えるだけではなくて、何かアスランの為に出来る事を。何ができるのかは、ゆっくり考えればいい。まだ、これから先に時間はあるのだから。そう心に決めて、気付かれぬように空を見上げるアスランの顔を見た。


ずっと、一緒に居たいと思えた。
会話をする。手を繋ぐ。一緒にご飯を食べる。そういう事が積み重なったら、一緒に居られる事に繋がるのだろうか。だったら僕は、どんな時でも側に居よう。『星に願わなくても、このまま一緒に過ごす事は叶えられる』と言ったアスラン。それは、これからも一緒に居たいと思っているのは自分だけではないという事。一緒に居る2人が同じ気持ちでいるのだから、その願いは叶うかもれない。自分はアスランから離れる気など無いし、それはきっとこれからも変わる事は無いだろうから。これから起こり行く未来は分からないけれど、それでも今はこの夜空に瞬く星を数えて共に居られる永遠を願おう。そう心の中で呟いて静かに見上げた星空には、宝石箱の星団と南十字星が輝いていた。


あとがき
柚那に送りつける小説、第2弾!キラ視点です。
柚那、毎度こんな作品でごめんよ。

キラ視点の方がアスラン視点より少し明るめになりました。少しはほのぼの。…してるといいな!(願望)
キラの方が感情文です。文章はアスラン視点と同じだけれども、所々キラの感情を入れたのでその部分だけアスラン視点とは違いますが。そして、キラの感情を出したらアスラン視点より長くなって、しかもアスランが空気に近くなってしまった。お互いに対する愛情は込めたつもりだけれども。

書いている途中で、そういえば海辺に住んでた事は覚えてるけど、キラ達って何処に住んでいたんだろうか、と考えてSEED DESTINYの小説を読み返してみたら、書いていた文章との違いが出てきて、資料になりそうなものを読み漁って、メモして、オーブの気候共々またも書き直しました。

こんなので良ければ貰ってやってね、柚那。






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