book3

□恋心の行方
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花屋で見かけたその人に、俺は一瞬で目を奪われた。
栗色の髪と、傍にあったスミレよりも綺麗な紫色をした大きな瞳に。




*恋心の行方






 ―1―



「はい。今日はどれにしますか?」

「じゃあ、この……鉢のヤツ」


近所に花屋があったことを知ったのは、つい最近のこと。学校への近道を見つけたときだった。
どこにでもありそうな花屋。しかし、その花屋で働くその人に一目ぼれをしてしまった。それから、学校からの帰り道、そこで花を買うのが俺の日課になった。名前も知らないその人は、俺を見るとにこりと笑ってくれる。まあ、客なんだから当たり前なのだが。


「はい。いつもありがとうございます」


にこりと微笑むその人は、文句なしに可愛い。同じ男だとかそんなことは抜きにして、反則的に可愛すぎるのが悪いのだ。
華奢で、身長は俺よりも少し小さくて、なにより印象的なのは、くるんとした紫色の目だった。名前も知らなくて、だけどその人に会いたいがために足はその店へと向いてしまう。
そんな関係に、やきもきしていたその日。俺は、その店の前に張られた“アルバイト募集”の張り紙に飛びついてしまったのだった。



  *  *  *



「シンくん。ちょっとレジお願いね」

「分かりました。キラさん」


店の常連からバイトへと昇格して数ヶ月。名前も知らなかった頃より、マシかとは思うが、関係に変化はほとんどなかった。
俺が一目ぼれしたその人の名前は、キラさんという。しかも、この店の店長さん。俺が知ったのは精々このぐらい。第一印象とかわらずに、明るくてそこいらの花よりもよっぽど可愛い。見た目の割りに力はあるようだが、どことなく抜けているところもある。そんなところも、さらに魅力的にみえるのだから、惚れた恐ろしさとはすごい。


「あの、スミマセン。プレゼント用でお願いします」

「はい、分かりました」


客の注文にあわせて、キラさんは花を選んでいく。花に詳しくない俺では、花の種類までは分からないが、大きな赤と黄色の花と小さな白い花、そして長い葉っぱ、その花たちは綺麗なブーケへと変化する。真剣なその瞳に、また目を奪われた。
細く長い指先がいつか、こちらに向くその時を思わず想像してしまう。キラさんにとって、俺はバイトとういカテゴリーの中にしか入っていない。だが、いつかと、一向に変化しないこの関係に、終止符を打たなければ。
俺は思い切って、キラさんに声を掛けようと立ち上がった。


「あ、シンくん。お先に休憩どうぞ」

「……うぃーす」


店の裏口から外へと足を運ぶ。決意した矢先に、先手を阻まれたような気がする。はあと、ため息を付いて壁にもたれかかった。ずるずると崩れ落ちるように座り込む。


「ほんと、どうするよ俺……」

「おまえ、キラに惚れてるのか?」

「……うわぁ!!」


いきなり声を掛けられたことよりも、不機嫌さ最高潮なのがはっきりとわかる顔が物凄くちかくにあったことに驚いた。じろりと睨まれたその人が、なぜキラさんの名前を知っているのか、そしてなぜ惚れているなんて分かるのか、それともただのはったりなのか、ぐるぐると俺の思考は巡り巡る。


「ちょ、なんだあんた!?」


しかも、そんな俺を無視してド至近距離で、その男は睨みつけてくる。しかもよく見ると、ムカつくぐらいに顔が整っていた。


「あれ、俺のこと見える?」

「はあ? つか、あんた誰だ!!」

「俺? 俺はキラの恋人」

「……は?」

「だから、おまえ出て行け」


そいつはにこりと笑うと、ハエでも追い払うよう仕草で俺にそう言う。
あまりの態度にさすがに腹が立つ。言い返そうとそいつに向き直ると、微かな、それでいて物凄く大きな違和感にぶち当たる。


「……あんたなんで空飛んでるの?」

「俺、死んでるから」

「……マジで?」


どうやら俺は、とんでもないものと知り合ってしまった。
ふわふわと浮遊するそいつと、かちりと視点が合ってしまう。まるで、3D絵の焦点に合ってしまったように。一度合ってしまったその焦点は、なかなか外す事ができない厄介なものへと変化する。
店の中を自由自在に浮遊するそいつが、いやおうなしに視界に入る。じっとキラさんを見つめるその目。まるで見守っているかのようなその緑色の目が気に食わない。ちなみに、自ら名のったそいつの名前はアスランと言うらしい。
俺の視線からキラさんを守るかのように、そいつ立ちはだかる。ふわふわと視界にチラつく藍色の髪が鬱陶しさを倍にする。何かを落としたキラさんに、そいつはよしよしと栗色の頭を撫でた。
周りには見えていないそいつが、邪魔すぎて苛立ちが募る。思わず手の中の花を握りつぶしそうになった。


「邪魔だ。早く出て行けこの幽霊めが」

「おまえが出て行け、この野郎」


しかも、声も俺にしか聞こえないらしい。それを言いことにそいつは、所構わず話しかけてくる。


「シンくんどうしたの?」

「あ、いえ! なんでもないです」

「そう?」

「あ、あのキラさん。今日、どっか食べに行きませんか!?」

「ちょ、おまえ!?」

「……うん。良いよ」


紫色の瞳がふんわりと微笑む。立ちふさがったそいつは、はっとした目でキラさんを見ていた。緑の目が揺らぐ、俯いたそいつはふっと俺の前から消えてキラさんを抱きしめる。しかし、するりとそいつの腕からキラさんは通り貫けた。自分の手を見つめたそいつは、俯いていてどんな顔をしているのか分からなかった。










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