'華のゆめ

□うたげ
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夜の帳が降りる頃。



街の灯りがともる頃。





この街は動き出す。







一夜限りの安らぎ求め



偽りの愛を囁いて





求めるものは、欲望か







さあさあ、皆様お立ち寄り下さい。





華咲き乱れる



『華幻楼』へ――













見世清掻きが鳴り出した。

花街の大門が開き出す。







人々がぞろぞろとやってくる。



ベンガラ格子に着飾った華。

美妓たちは、すました顔で男を誘う。





そんな様子を二階の窓から一騎は眺めていた。

まだ半人前の蕾は、あの格子の中に入ることはない。お付きの華に客がつけば仕事が
始まる。



華を引き立てる飾りとして、客を取ることはないが、華になるための水揚げの相手を
探さなければ行けない。



年齢的にもうそろそろだろうと言われている。



十四になれば、蕾は華となるのだ。

今年はその年。



見世の主人や女将さんがきっと水揚げの相手を見つけるのだろう。



ほかの蕾たちは、より良い相手をと競い合うように、肌を磨いたり、お座敷で目立っ
たりと躍起になっている。



水揚げ相手よりも、いくらで落とされるかによってその後が大きく左右されるから。



大輪の華、大華になることにも影響してくる。







だけど自分には無縁のことと、一騎は髪を梳かした。



口べたで、愛想も良いとは言えなくて、人見知りで。



顔立ちの良さから期待はされていたが、華としての要素が欠けている。



自分でも思うくらいだから、他人がみればどうなのかぐらいは分かる。





綺麗で優しい大華。

一騎が面倒を見てもらっているキラは、それこそ大輪に相応しい。



紫水晶のような美しい瞳から、紫華と呼ばれるキラ。

人見知りする一騎にも、優しく声をかけてくれる。



綺麗で自慢の大華。





紫華が並べば他の華はすべてが霞む。

他の大華の中でも人気は高い。



見世の一、二を争う華なのだ。





紫華の役に立てるならと、一騎は座敷に並ぶ。

蕾は華を引き立てるものだから。





だんだんとあたりも暗くなってきた。

そろそろ支度を始めなければならない。





首に巻き付けた鈴を気にしながら着物を羽織る。

桃色の襦袢の上に薄藍色の着物。

椿の花簪を髪に挿して、紅を引く。





鏡に映る姿を見て笑ってみるが、顔がひきつるばかりで滑稽でしかない。





この見世で働いていくためには、愛想笑いや演技は必要。

仲間の蕾も言っていた。



これでは役にはたちそうもない。



買ってくれるお客が気の毒になる。







「一騎。今日は紫華のところではなく、氷華ンこに入ってもらうよ」





女将さんはそう告げると、今日来る客の台帳を渡した。

初めてこの見世に上がるお客らしい。

あまり話したことのない華の下は不安だった。



黒髪に切れ長の目の華。

冷ややかな表情は、あまり笑みを浮かべることはない。

気まぐれにお客を選んでは、次々に振っていく。

冷ややか笑みからなのか、氷華(ひょうか)と呼ばれている。

いずれは大華になるであろうと言われながらも、気に入らない客を振りまくっている
為に、目を付けられることもあるらしい。

本人は至って気にしていないらしいが。



噂だけはいろいろ聞く氷華。

粗相をすれば、それが直接紫華の評価にもなってしまうから。





「はい」





素直にうなずくと、女将さんはばたばたと去っていく。

この時間が一番忙しい。





お座敷の準備を他の蕾たちと整えて、お客を待つ。

一度お見世に上がれば、そのお客は蝶と呼ばれる。











「ふーん。君が僕のところに入る子だね」



「よろしくお願いします」



「そう。僕はべつに宴に興味はないから適当にしてたらいいよ」







漆黒に大輪の赤い牡丹の打掛けがヒラリと翻った。

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