'華のゆめ

□ えん
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宴が始まる。

だらしなく鼻の下を伸ばした男達が数人。

主賓の男は、ひょろりとしていた。

氷華は相変わらず、無表情だった。





「雀、ほら注いで」



「あ、はい!」





ふわふわとした飴色の髪の蕾だった。

氷華付きの蕾。

雀と呼ばれて、氷華に可愛がられている。

氷華の傍に、雀がよるとふと表情が和らいだ。

こんな顔も出来るのだと、驚いた。





「言っておくけど、この子に手を出したら僕は容赦しないよ」





ぐいと雀を抱き寄せた氷華に、これから蝶となる男は驚いていた。

蕾はお客を取る事はないが、手をつけられることはそう珍しい事ではない。

見世側も見てみぬフリをしていた。


氷華に抱きしめられた雀は、本物の雀のようにパタパタと袖を羽ばたかせていた。
真っ赤になった雀がおかしくて、皆が笑った。





するりと伸びてくる手。

隣で酌をしていた男の手が腰に回される。

さわさわとわき腹を撫でられた。





「君も、あまり僕の部屋で悪さすると追い出すからね」





鋭い声が飛ぶ。

男の手がさっと引っ込んだ。

酒臭い息。



この匂いはどうも苦手だった。

紫華のお座敷では、あまり酒を出す蝶はいない。

たしなみ程度で出されるだけ。

紫華は酒に強くない為と、聞いたことがある。



酔いそう。

顔はきっと赤くなっているだろう。





「厠はどこだ?」



「ご案内します」





酔いが回っている男を支えて、立ち上がる。

体格のよい男を支えるのはかなり辛い。

雀は、手伝おうかと申し出てくれたが、悪いからと断った。



チリン。

首に付けられた鈴が触られる。

するすると下りていく手が、衿を割ろうとする。

腰に回った手が、いやらしく動く。


「あっ!?」


ぐいと廊下の死角に連れ込まれる。
表の部屋と裏方をつなぐこの廊下は、人通りもすくない。



紫華の席にでることがほとんどだが、それほど悪い客は少なかった。

これほど触られたことはない。



怖い。

身体がこわばった。

おそるおそる上を向くと、にやにやと笑う男の顔があった。


「抵抗しないんだなぁ」


嫌だ。

身体を動かそうにも、覆い被さっている為に抵抗もできない。
裾を割って進入した手が、太ももを撫でる。


べたべたとした手だった。内側まで入ってきた手。

見世では下着を付けることがない。


気持ちが悪い。

声を出そうとしても、出せない。
たとえ声を上げたとしても、助けに来てくれる人などいないだろう。


「ほぅ…まだ幼い……」


裾を割られたことで、素足に夜風があたる。
脚を閉じようにも男の手が邪魔をして閉じることができない。


「…や、めっ……やめて、くださっ」

「……白い…柔らかい」

「…は、離して…くだ、さ…やぁ!!」


大きな手が一騎自身を掴んだ。
上下に扱かれる。

刺激に弱いそこが反応を示す。



男は笑う。
楽しそうに笑った。
捕まれていた手首がぎりぎりと絞められる。


嫌だと抵抗しても、聞き分けられることはない。



「そこで何をしている」


鋭い声が飛んだ。
いつも落ち着いた声が、少しだけ取り乱したように聞こえる。



聞きたかった声。

でも聞きたくなかった声。
どうしてここにいるのだろう。


色素の薄い髪。

長い髪が、夜風に靡いていた。


「……そ…し…」


見開い目がこちらを見ていた。
一騎は己の格好を思い出しす。

裾を割られて露わになった下半身。
浅ましい姿。


「や、…や!! やぁ……やだぁ!?」


捕まれていた手をよじって、滅茶苦茶に暴れた。
総士にだけは見られたくなかった。

いつか、水揚げされるとしても。

知られたくない。

見ないで。


「恥ずかしいか……色子の癖に。いろんな男くわえ込んでおいて、よく言えたものだ」

「ちがっ……」

「触られてこんなになってやがるのにか?」



男は笑う。
内股を撫でる手は止まらない。
張りつめていた一騎自身が弾けた。


やめて。

見ないで。


パタパタと白濁が落ちた。



「おまえも、こいつの楽しんだ口か?」



目を背けたくて顔を伏せた。


違う。

その人は、こんなところにいてよい人ではない。


家柄も容姿も良くて優しくて、まるで不釣り合いすぎる。

こんな場所にいてはいけない。



「ぎゃあ!!」


男から悲鳴が上がった。
捕まれていた手首の力が緩んで床に崩れた。
見上げると、総士の顔があった。


「…ど…し……て」


倒れた男は、総士がやったのだろうか。


手が差し伸べられる。


この手を取って良いのだろうか。



「……一騎」


低めの声が響く。



その名前が呼ばれることはきっともうすぐなくなってしまう。



華になれば。



一騎はすっと手を伸ばした。

袖がだらりと下がって、細い腕が露出した。
かなり強い力だった所為で手首は赤くなっていた。


「……来い、一騎」



その手を掴んだ。

記憶よりも大きな手だった。

温かい手が一騎の手を握った。




引き寄せられたその瞬間に、きらりと何かが反射した。


視界の片隅に何かが映った。

身体が反応して、とっさに突き飛ばしていた。

刃先が顔の横を通り過ぎた。



男は笑いながら立っていた。


「おいたが過ぎると許さんからなぁ」

「一騎!!」


腕を捕まれて宙づりにされる。
食い込んだ爪が皮膚を破って血が出ていた。
ピタリと首元に当てられた刃物が鈴を切った。

床に落ちていった鈴がチリンと鳴る。
首に巻いていた紐がヒラリと落ちていった。


「ほらぁ…おとなしくなった」


男の舌が首筋を這った。
びくりと身体が震える。


「離せ」

「なんだぁ?」

「…離せと言っている!!」



小刀を持っている手に総士は手を伸ばした。


一騎にはその光景が酷くゆっくりに見えていた。


男が総士に向かって小刀を振り回す。




ヒラリと赤が散った。




「そうし――!?」




伸ばした手は届かなかった。


決して取ってはいけない手だった。




汚してはいけない。


未来を、

輝かしいあなたの未来をつみ取ってしまった。









騒ぎを聞きつけた見世の者たちが駆けつけて男を捕らえていた。


左目を押さえた手の隙間から、ぽたり、ぽたりと赤が滴っていた。


畳にこぼれ落ちた赤が広がっていた。




その後の記憶はとても曖昧だった。






縁は、巡る。


くるり、くるりと廻り出す。

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