book2

□sugary fragrance
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ふうっと息を吐くと、白い煙のようにふわふわと消えていった。






*sugary fragrance






外は寒く、雪がちらついている。外から帰ってきたばかりで、まだ部屋の中は寒さが残っていた。温まらない部屋の中では、コートもマフラーもまだ身に着けたまま。
直は、ストーブのすぐ前で手をかざしていた。帰ってきてすぐにキッチンに立った空は、なにやらごそごそと冷蔵庫を漁っている。
真一郎からの依頼を終えて、家に着いたばかり。あとは、報告書をまとめてそれを提出するだけ。思ったよりも時間が掛かってしまったために、お昼ごはん抜きで調査していたのだった。


「さむい……」

「つけたばっかだなんだから、しかたねぇじゃん。もうすぐあったまるって」

「おなか、すいた」

「だぁああ!! もう、悪かったって、俺がホシを見失っちまったのがいけなかったんだろ」


依頼の内容は、簡単なものだった。写真の男を見張って報告書をまとめる、それだけの仕事。まだまだ探偵の見習いから抜け出せていない、空と直に回ってくる仕事は危険のないものばかり。今回ももちろんそうだったのだが、ちょっとしたアクシデントでその男を見失ってしまったのだ。


「……ほんとうに、悪いと思ってんの?」


直は、じいっと疑うような視線を空に向ける。がしゃがしゃと泡だて器を動かしていた手が、ピタリととまった。直の視線から目を逸らすように、赤いボールを見つめる。


「……最低、信じられない」


直が機嫌を損ねているのにはちゃんと理由があった。
写真の男を見張っている時に、その男はネットカフェに入っていった。当然のように、空たちもそれに続けて店に入った。男が受け取った個室スペースの場所のすぐ隣に入り込んで、男の動向を探っていた。


「普通、あんな……あんな、ところで……ッ!!」

「わ、悪かったって!! ホント。つか、あんな狭いところでくっ付いてたんだから、ちょーっと、なんつうの? よこしまーなっ…イッテッ!!」


空の頭に鈍い音が響いた。ごとんと、床に落ちたのは、さっきまで直が持っていたペットボトルだった。幸いな事に、中身はそれほど多くなかったのだが、痛いものは痛い。


「何も、投げるこったないだろ!!」

「反省しない、羽柴が悪い!!」


その時のことを思い出したのか、直の頬は赤く染まっていた。耳まで赤く染まったその顔で、空を睨んでいるのだが、生憎と迫力はない。それを見て、にやりと笑った空は持っていた泡だて器を置いた。


「なんだ? もしかして、藤守ってば、思い出しちゃった?」

「な、なに言ってんだよ。バカ羽柴!?」


いつの間にか直の前まで来ていた空は、しゃがみこむんで直の顔を覗き込んでいた。ふいと顔を背けようとした直の細い顎を空の手がすくい上げる。大きなチョコレート色の瞳が、うろうとと視線を彷徨わせていた。


「図星?」

「ち、ちがっ!?」


直の赤いマフラーを奪い取ると、白く細い首筋に赤い痕が見えた。それだけではなく、マフラーで隠れて見えなかったが、コートの隙間から見える箇所にも赤い痕が見える。


「ここ、ナオは弱いもんな」


付いたばかりのキスマークの上に、もう一度唇を寄せる。空の吐息を感じた直はびくんと、身体を震わせた。


「やっぱ、あまいな。お菓子ばっか食ってっから、こんな甘くなるんだぞ」

「ち、ちがうもん」


ぎゅっと目を瞑っている直に、空はクスリと笑う。ストーブの前にいたのに、直の手は冷たかった。寒空の下、走り回る事になってしまったのは自分の所為で。空はその冷たい指をちろりと舐めた。


「ひゃっ!? な、なに、なんで!?」

「ごめんな、こんな冷たくなって」

「やッ、やぁ…ッ!! いいから、もういいからッ!?」


空は抵抗するもう片方の腕を掴んで、壁際に追い込んだ。まだ着たままのコートを脱がして、その身体を抱きしめる。しばらく温まっていた所為か、ほんのりと温かい。白い肌は、血行がよくなったお陰で、鎖骨の辺りにはっきりと、赤いキスの痕が散らばっていた。


「ね、羽柴!! オレ、もう怒ってな――ッ!?!」


直の口を塞ぐように、キスをする。まるで、口の中をすべて探るようなキスだった。唇の端から、溢れた唾液が頬を伝う。息継ぎについていけなかったのか、苦しそうな声が漏れた。名残惜しそうに、空は唇を離す。とろんとした瞳が苦しそうに口を開けていた。赤く濡れた薄く開いた唇はとても扇情的で、微かに上下する胸元に手を差し込んだ。少し汗ばんだ肌は、しっとりとしている。高揚した肌には少し冷たかったのか、ぴくんと身体が跳ねた。


「あ…やぁ…ん……ッ!」


ピンク色の小さな胸の飾りに触れると、直の口からくぐもった声が漏れた。熱い吐息が空の手に掛かる。弱々しく抵抗する細い腕を掴んで、一つにまとめてしまうと、熱を帯びた瞳が空を見つめたいた。


「やあ…、くぅ、ちゃ……」

「ナオのイヤは、いいだもんな」

「あッ…くうちゃん、ホント…やあ」


舌ったらずなその言葉と、昔の呼び方は、幼いはずなのに表情はますます色っぽくなっていた。そのアンバランスさは、ますます空を煽るだけ。シャツのボタンを外して、前をはだけさせると、直は恥ずかしそうに視線を逸らした。身じろぐ姿が、まるで空を誘っているようで、その細い腰に手を伸ばした。と、そのとき、およそその場にそぐわない「ぐぅー」という音が二人の間に響いた。


「え……?」


今までの雰囲気をぶち壊したその音に、空はぽかんと口を開ける。下を向いたままの直は、ふるふると肩が震えていた。


「……ら、……に…」

「へっ? はい?」

「だから待ってっていったのに……羽柴のばかぁあああああ!!!」


直の見事な右ストレートが空の頬に入った。「ぐはっ」と情けない声をあげて空は床に倒れ込むのだった。








 *  *  *




「なあ、ごめんって! まじ、反省してるって!!」

「もう知らない! 羽柴のことなんて、ぜったい信じないんだからね!?」


今度こそ、本当に機嫌を損ねてしまった直は空のほうを見ようともしないで、空から一番はなれた部屋の隅で座り込んでいた。そんなところは寒いからと、いくら空が呼んでも一向に聞こうともしない。
見た目と違って、かなり頑固な性格の直は、言い出したら意地でも聞かない。自分が起こしたことなのだが、空ははぁとため息を付いた。
時間が経って、暖まった部屋の中なら隅でも風邪は引かないだろうと、空はキッチンへ戻った。

作りかけだったボールの中身を思い出して、作業を再開させる。コンロに火を付けて、フライパンを温めている間に、途中だったボールの中身を混ぜ合わせる。丁度良い加減になったところで、生地をおたまで生地をすくってフライパンにそっと流し込んだ。
じゅうっという音と共に、あまい香りが部屋に広がった。
甘い物が大好きな直の為に、寒空の下走り回らなければならなかった反省も込めて。帰ってきたら、直の為に何か作ろうと考えていたのだ。
もっと怒らせてしまった所為で、お腹がすいているがいじっぱりな直が素直に食べてくれるかは分からない。


「ホットケーキ。焼いたんだけど、食べるか?」


ぴくりと直が反応するが、こちらを見ようとはしなかった。
ほどよく焦げ目も付いたホットケーキをお皿に移す。ほこほこと湯気を立てるホットケーキは、我ながらよく出来たと自画自賛するほどの出来になった。
空は二枚目に取り掛かった。生地はまだたくさんある。焼きあがるたびに、あまいにおいが部屋中に漂った。


「はちみつと、チョコソースもあるんだけどなー」

「いらないって、言ってんだッ!?」


ひょいと、直の前にお皿を差し出す。焼きたてのホットケーキにはたっぷりとはちみつが掛かっていて、生クリームも隣に添えられていた。
直のお腹の虫が、ぐうと鳴く。たちまち直の顔が真っ赤になる。
その仕草が可愛らしくて、空はくすりと笑った。


「ほら。腹減ってんだろ? せっかく作ったんだから、食えよ」

「羽柴が食べればいいだろ!!」

「いっぱい焼いちまったからなー。俺一人では食いきれねぇんだよ」


拗ねて膨れた頬が、こちらを向いた。レンガ色の髪を撫でると、直はお皿を受け取った。


「……食べてあげてもいいよ」


意地っ張りらしいその言葉。名前とは反対に、素直じゃないその言葉を、可愛いと思ってしまう。これはもう末期だなと、空は自覚する。
ちょこんとテーブルの前に座って、ぱくりと口を開ける直を見る。険しかった表情が、へにゃりと和らいだ。
嬉しそうに頬張るその姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。


「ちょ、そんなに見られたら食べ辛いだろうが!!」


可愛らしい顔とは真逆で、意地っ張りで素直じゃない。
どうして好きになったのか、今でもたまに不思議に思うことがある。
だけれども、直の幸せそうな顔が見ていたい。

ふわふわとただよう甘い香りは、一緒だともっと甘さが増すようだった。







end





1月25日は、ホットケーキの日らしいです。これを見て、ぱっと思い浮かんだのが空直でした。
ちなみに初、好きしょです。
こちらもかなり前の作品ですが、今でも大好きな作品です。私が始めてやったBLゲームでもあります。
あれから10数年……考えたら恐ろしいですが、未だにこのゲームを超えるゲームはあまりないですね。最近のPCゲームはあんまりやったことありませんけど。
おススメのゲームです。未プレイの片は是非やってみて下さい☆









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