book2

□宵闇の指極星
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『宵闇の指極星』

アスラン視点

風呂から出たばかりで、まだ少し水の滴る髪をタオルで拭きながら寝室のドアを開けると、キラがベランダに立って真っ直ぐ空を見ていた。
よく何もせず海をひたすら眺めている事もあったし、幼馴染みで昔からキラの行動を見てきた自分にとっては、こうしたキラの突拍子のない行動には慣れたはずだとも思っていたが、それでも未だに予想もつかない行動をとる事がある。予想通りだと思う事もあるが、予想の斜め上を行くような行動をするのもキラである。

「…何やってるんだ、そんなところで。 風邪ひくぞ?」

オーブの中心地から少しだけ離れた郊外。
C.E.73から74にかけて起こった戦争が終結した後、ラクス、キラの母親、そして戦争孤児となった子供たちとアカツキ島にある海辺のマルキオ導師の伝道所にキラは住んでいた。その伝道所も、地球にユニウスセブンの破片が落下した際に高波に流されて無くなってしまったが、停戦協定が締結され平穏に暮らせるようになってから新たにもう一度建てられ、またその場に住む事になった。最初はアスランもその場に住もうとしていたが、オーブ本島の内閣府官邸で仕事をするカガリの護衛をする自身の出勤時間を考えると、少し遠い。
開戦前にアレックス・ディノとしてオーブに亡命していた時分はアスハ家に身を寄せていたが、終戦後の行政府の仕事が忙しく、本来の持ち主であるカガリが殆ど家に居ないのに自分が住んでいるわけにもいかないとアスハ家を出ていた。
いっそそれならば、と仕事先まで遠くもなく近くもない距離にあるこの場所に、キラと2人で住めるよう新しく家を借りた。決して広いとは言えない家ではあるけれど、キラがいるのならそれでいいと思えた。広すぎる家は、1人で居るには寂しすぎる。それは、幼い頃から経験してきた自分が、一番よく知っている。

今はもうこの世界の何処にも居なくなってしまった両親は、幼い頃からあまり家に居ない人達だった。母は研究で忙しい人だったし、父も仕事であまり家に帰ってくる事はなかった。だから、よくキラの家に預けられて、一緒にご飯を食べたり、勉強をしたり。キラが途中で勉強に飽きて、ゲームをしようと言ってきたことも、数え切れないほどある。その度に「ちょっとだけ。今回は僕が勝つから、アスランお願い、今回だけ!そうしたらちゃんと勉強するから」とお馴染みの言葉を投げては、「いつも負けるくせに。今回だけだからな」と返す自分。結局キラが「もう1回」を何度も強請る所為で、絶対に1回で終わった試しはないけれど。今となってはそれもいい思い出だ。そんな楽しい時間を過ごした後に家に帰ると、待っているのは静寂だけが支配する、人の温かさの無い、ただ広いだけの空間だけだった。楽しかった分、その後の静けさが余計に寂しさを駆り立てた。『ただいま』と投げかけても『おかえり』は返ってこないから。戦争が激しくなってプラントに引っ越した後も、それは同じだった。

2度に亘る戦争という、人の命を奪った歴史。そこにあるのは非情さ、無情さ、冷酷さ。同じ戦艦に配属された同年代と話す時に束の間あった温かさ。けれど戦争という中の根底にあるものは冷たさで、温かさはほんの僅かなものでしかない。今やっと戦争が落ち着いて、こうしてキラと2人で住むようになって、返ってくる『おかえり』がとても温かいものなのだと知った。その言葉の持つそのものの温かさなのか、自分が好意を寄せる存在から発せられる言葉だから温かいのか、それは分からないけれど。それでも、自分以外の誰かの存在が、キラが同じ家の中にいて生活をしていると、ふとした瞬間にこれが平和なのだと思うようになった。同じように戦場に出た2人。今でこそ振り返って語れる話になったが、一歩間違えれば、この光景は無かったのかもしれない。だからこそ、一緒にいられる今のこの瞬間を大事にしたい、と。


「髪まだ濡れてるじゃないか。……いくらオーブが赤道近くで気温も暖かいって言ったって、風呂上りに髪も乾かさずに外にいたら湯冷めするぞ…。」

半分呆れながらも、自分の髪を拭いていたタオルをキラに被せて、水分を奪うようにわしゃわしゃと拭いていく。言い方は少しぶっきらぼうでも、呆れた表情で見下ろしていても、キラの髪を拭くその手は、ひどく優しい。安心できる、いっそそのまま身を委ねたくなるほどに温かな手。

「まったく…。 目を放すとすぐこれだ…。自分の身体の事考えろよ…いくらコーディネーターが病気に強いって言ったって、限度があるんだぞ」
「…ゴメン…。 でも、ここに居ないとダメなものだったからさ」
「…で? 何でこんな所に居たんだ?」
「ん?上見てよ、上!」

訝しげな眼差しで上を見上げたアスランに、すごいでしょ?と付け足す。
何でキラが自慢気に言うんだろうか、とも思ったが、何だか可愛い反応だったから、心の中だけに留めておいた。

「本当だ、凄いな。 満天…」

思わず感嘆の声を上げたアスランに、くすくすと笑って返す。

「ね? ずっと雨が降ってたから、塵とか砂とか、そういうの全部下に落ちて空気が澄んでるんだよ。こんなに綺麗にならないでしょ?」

だからベランダに居たんだ、と続ける。
夜空に輝く、満天の星空。
年間を通して高温多湿という土地ではあるが、今の時期はちょうど雨季という事もあって、最近も雨ばかりが続いていた。雨雲ばかりが空を覆っていたが、今日は久しぶりに晴れた夜で、赤道近くに存在するこの島は北半球と南半球、それぞれの星が瞬いていた。雨季が終われば星を見る事は簡単にできるが、雨季の最中ではそれもあまりできない。こればかりは、雨季が終わるのを待つしかない。元々人工的な光が辺りを支配しているこんな都会では、一等星や二等星はともかく、その明かりが明るすぎて本来夜空に輝く低い等星まではなかなか見る事が出来ないが、雨季がそれを更に困難にしていた。郊外にある孤児の子たちと住んでいた海辺の家ならもっと沢山見えたのかもしれない、とは思えたが、それでも、こんな都会でこれだけの星空が見られたのは、時間に追われながら忙しい日々を過ごす中でのささやかな喜びになる。

「ここに居た理由は解った。……けどまさか、風呂出てから、ずっとベランダに居たとかじゃないよな?」
「…えっ、と…! ……あはは…」
 
急にかけられたアスランからの問いは核心を突いていたようで、キラは言葉に詰まって思わず苦笑で返すしかなかった。ずっとここに居たのは事実ではあるだろうけれど。どうしてこうも自分の事に無頓着なんだろうか。

「だから風邪引くって言ってるだろう! …まったく…何でこう、他人の身体に関しては気を使うくせに、自分の身体に関しては鈍感なんだか…」
「…だ、だって…部屋から見てても凄く綺麗で…どうせなら外で見たいなって思ったんだもん…そしたら……」
「…そしたら、時間を忘れてた…って?」

長年一緒にいる自分にとっては、こういう時のキラの行動は手に取るように分かる。こうと決めたら、なかなか折れない。満足するまで人の言う事なんて聞かないのがキラだ。一緒に住み始めてから今まで、何度か注意するような事もあったが、結局聞かず自分が折れる事の方が多かったくらいだ。

「ほら、もう中入るぞ…これ以上ここに居るとホントに風邪引くからな…」
「うん、でもあともう少しだけ! それにさ、寒くなったらアスランが暖めてくれるでしょ?」
「…っ、キラ!」

部屋の中に入れようとアスランが手を引くと、キラが振り返ってそう言った。
キラはずるい。どうして、そんなさらりと人を喜ばせるような言葉をかけるのか。無邪気に、屈託の無い顔で…。そんな言葉をかけられて、信頼されていると感じるし、嬉しく思う。キラに対して優しくありたいとも思う。けれど、自分はそんなに『良い人』ではないというのに。自分がそれを聞いてどう思うか、本当に分かっているのだろうか。なんて考える自分の葛藤すら、きっとキラは気付いていないんだろう。


「……あっ! 流れ星!!」

こうなったら満足するまで聞かないんだろうな、と半ば諦めて、もう少しキラに付き合う覚悟で隣に立つと、隣から少しはしゃいだような声がした。空を見上げると、星が一つシュプールを描くように流れていった。一瞬で消えてしまうようなものではあるけれど、流れ星を見る事なんてあまり無い事だったから、思わず追いかけて見てしまった…。

「願い事…すれば良かったかな…?」
「何て?」
「ん〜…このまま、一緒に過ごせますように…?」
「…そんなの、祈らなくても叶うだろ」
 
やっぱり、キラはずるい。
凄く当たり前のように言うから、一瞬何も考えられなかった…。ただ、キラも自分と同じようにずっと一緒にいたいと思っていてくれる事が嬉しかった。もちろん自分だって同じように一緒に過ごしたいと思うし、これからそうやって過ごしていきたいとも思っている。

「へへ…っ。 アスラン…今日、手繋いで寝ても…いい?」
「…どうしたんだ、急に」
「ん〜…何かね、そうしたいなぁ、って思って」
「別に…いいけど…」



全幅の信頼を寄せてくれるキラに対して、自分も何かキラの為に返していきたいと思う。そのために何ができるのかは、ゆっくり考えればいい。まだ、これから時間はあるのだから。そう一人心に決めて、気付かれぬようにキラの顔を見た。

ずっと、一緒に居たいと思えた。
会話をする。手を繋ぐ。一緒にご飯を食べる。そういう事が積み重なったら、一緒に居られる事に繋がるのだろうか。『このまま一緒に過ごせますように』と願ったキラ。自分も同じ気持ちでいるのだから、そのキラの願いは叶うだろう。自分はキラから離れる気など無いし、それはきっとこれからも変わる事は無いだろうから。
それでも今こうしてキラが自分の近くにいてくれるのは、何万もの夜空に輝く星の一つがもしかしたら叶えてくれたものなのかもしれない、なんて事を思いながら静かに見上げた星空には、宝石箱の星団と南十字星が輝いていた。





end





あとがき
柚那に送りつける小説、第2弾。
かなり久々にアスキラ書いたら、キャラが崩壊しました←
ガンダムSEEDはもう10年近く前の作品なので、私の記憶も当然その辺り。運命に入っても8年は昔。頑張って頭の中からキャラを掘り起こしました。ら、こんな結果になってしまった。あるぇ?
最初、寒いから星が綺麗に見える、っていうコンセプトで書いていたはずが、よくよく考えてみたらオーブの場所ってソロモン諸島ら辺にあることに中盤で気付き…。ソロモン諸島って赤道だよね。熱いよね。熱帯地域だし、平均最高気温30度、最低気温20度だ。ちょっと待て寒くないじゃん!と軌道修正したらそれまで書いていた文章の半分は消えました。ぐすん。
そして、ほのぼのを目指していたはずが、何故か思考がシリアス方向へ進んでいくアスラン。どこまで迷子なの、あなた。いや、迷子なのは私の文か…。

柚那、こんな作品で良ければ…。いやしかし、これを柚那のあの素敵アスキラ文と一緒していいものか…。……………よし逃げよう←



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