誰かの隣でキミが笑う。
その微笑は、いやという程人をひきつける。
そのたびに僕は――
*情緒不安定なこの感情
昔みたいにずっと一緒にいられなくて、だけど前みたいに会えないわけじゃない。会おうと思えば会える。今のこの関係は、平和の末に勝ち取ったもの。だけれども、離れていた時間が長かった分、どうしようもなくキミに依存してしまう。
手の届く距離にいない寂しさと、今キミが何を思っているのか、それをぶつけられない臆病な自分。
こんなにも醜い感情は、キミには到底見せられない。笑顔で取り繕うことに慣れてしまった僕は、キミにすら本当の感情をさらけ出す事を否定している。
『アスランさんって、本当に素敵ですよね。なんだかとっても大人って感じで』
『あ、うん。そうだね』
貼り付けた笑顔は僕を醜くさせる。この感情を露わにさせてしまったら、きっと。
昼間の会話を思い出す。秘書の一人の彼女の言葉は、ただの一般論にすぎない。誰かの口から、その名前がでるだけでどす黒い感情が顔を出す。
「ほんと、重症だよ……」
真っ暗な部屋の中で、はあとため息を付いた。思いのほか冷たいフローリングが、素足から頭の中を冷やしていく。へたんと座り込んで、ソファにもたれかかった。
アスランはカガリの護衛で遅くなると言っていたが、丁度良かったのかもしれない。
冷たい床が身体を冷やす。伸ばしていた脚を抱えて、頭を埋めた。しんと静まり返った部屋は、冷静さを保とうとしているその感情と似ている。わざと旧式にした時を刻むその音が、気分を落ち着かせた。
「アスラン、もしこの感情を知ったら……」
ただの独り言でも、その先を言う事は躊躇ってしまう。どこかのデータで見た、言霊を信じるつもりはないけれど。
「キラ、どうした?」
「…おかえり、アスラン」
「なんでもないよ」と、口先だけの言葉を紡いで立ち上がった。明るくなった室内は、キミがいるだけで尚更明るく感じられる。
アスランの袖口を引っ張って、おかえりのキスをする。微笑んだその顔は、いまだけ僕のものになってくれる。
「キラ?」
「あ、ごめん」
アスランのジャケットを掴んだままだったことに気が付いて、慌てて手を離す。疲れている彼の迷惑にはなりたくない。脱いだジャケットをソファの背にかけて、ソファに座った。
「キラも座ったら?」
「あ、うん」
少し間を開けてアスランの隣に座った。手の平一つ分のその距離が、今は丁度いい距離な用に思える。
「お前、最近なんか変だぞ」
「そう、かなぁ」
「俺には言えない?」
「……言えないもなにも、何もないよ」
言葉遊びみたいなやり取り。
「ふーん」と言うと、アスランは立ち上がってキッチンへ向った。冷蔵庫を開ける音と、コップに注ぐ音がする。冷たい水を飲みながら帰ってきて、アスランはまた同じところに座った。とん、と肘がぶつかる。
「キラ、こっち向いて」
宝石のような翠の目は、まるで催眠術に掛かったかのように目が離せなくなった。そのまま近づいた翡翠がぼやけて、唇に冷たい感触が触れる。弾かれたように意識が覚醒すると、離れたはずのアスランの顔が、妙にぼやけて見えた。
「どうした、キラ?」
「あす…ら……アスラン!!」
堰を切ったように溢れ出た暖かいものが、頬を伝う。縋りついたその腕に引っ張られて、抱きしめられる。全身が温かく包まれて、子供の頃のように頭を撫でられた。
「泣き虫で、甘えた。性格はそう簡単に直らないんだよ」
腕を首に回して、上を見上げた。ソファの上に押し倒したみたいな格好が、今更ながら恥ずかしくなって、慌てて離れようとした。だけど、逆に腰に手を回されて逃げられなくなる。
「あ、あの……」
「なに?」
「いや、あのさ……」
「キラがなにを思ってるのかは知らないけど、俺はキラを離す気はないから」
ぎゅうと腰が引き寄せられて、アスランの上に倒れ込む。何とかアスランの顔の両側に手を付いて、彼を見下ろした。綺麗な宝石が、僕と同じ色に染まっている。近づいた唇は、僕の首筋に噛み付いて痕を付けた。
「本当は、誰にも見せずにずっと閉じ込めておきたいけど。それがダメなのは知っている
」
じんわりと痛む首筋に手を当てると、そこだけが他の場所より熱を帯びていた。手の力を抜くと、右側の胸に耳を押し当てる。衿から見える鎖骨に唇を落として、アスランがしたように痕をつけた。
「僕はそれでもいい。キミになら、閉じ込められても構わないよ」
「キラは物好きだな」
「アスランだって、同じでしょ」
重ねた唇が熱くなる。
いつの間にか深くなる口付けに、空気を求めて唇を離す。だけどそんな些細な時間さえ惜しむように、唇は重なって口内を犯す。頭の中が熱に溶かされていく。
合わさった手の平が絡まって、指先が撫でられるだけで体温が急上昇した。互いの名前を呼び合って、その名前を飲み込んで。
いつの間にか入り込んだ手が、僕の身体を撫で回す。なだれ込むように身体を重ねると、もう何も考えられなくなった。
「ねえ、どうしてあんなこと言ったの?」
「あんな事?」
「キミ、意外と鈍いのにさ」
「鈍いって……おまえ、気付いてなかったかもしれないけど、人の顔全然見なかっただろ?」
「……そう、だっけ?」
「何か隠し事あるときのキラのクセ。昔から変わってないよ」
髪を撫でられて、額にキスされた。火照った顔を背けるように、くるりと寝返りを打つ。ぴたりと張り付いた素肌と、首筋に掛かる髪。後ろから回された手が僕の手に重ねられる。
「ねえ、アスラン。その話ホントは違うでしょ」
「うっ……半分な。ラクスが気にしてたんだよ、お前のこと」
「やっぱりね。アスランって意外に鈍いもん」
見た目とは違って、アスランの感情は直球で人の裏を読むことは得意ではない。だから、言葉もストレートで、裏表があまりない。
僕とは正反対なその彼に、きっとこの感情は理解できないだろうと思っていた。
「うるさい。まあ、キラがそんなに俺のこと愛してくれてるのは嬉しいけどな」
「愛……なのかな?」
「違うのか?」
「違わない、だけど恋とは違う気がする」
“恋、なんてキレイな名前を付けてしまうにはモッタイナイと思った”
だって、恋なんて可愛らしい感情じゃない。
「独占力の塊みたいなものかな?」
「それは、大歓迎だ」
こんなにも、この感情は愛おしいとは。
end
長ッ!!
無駄に長い……しかも、意味不ι
ぶちぶち悩むキラと、意外に決めたらストレートなアスラン。
たぶん、バランスがとれてる……な的な?←←←