book3

□言葉に出来ない
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一緒にいてくれて、ありがとう。
キミが一緒にいてくれるだけで、僕の心は満たされる。





*言葉にできない





忌々しい日。それを知ってしまった所為で、この日はもっとも祝福から遠い。
この世界にとって、忌むべき日。

少し離れた庭先でも、華やかな演奏の音が響いてくる。この国のトップの誕生日なのだから、パーティーはとても豪華なものだった。カガリに言わせれば、これでもかなり質素にしたらしい。先代である父も質素を好む性格だったが、カガリもそれをよく受け継いでいる。だが、今や世界を二分する力を持ったオーブの首長の誕生日とあらば、国賓も大勢集まる。国の沽券にも関わるものでもあるらしい。そのため、規模はそれ程大きくはないがものも、工夫を凝らしたパーティーとなった。
今日の主役でもあるカガリは、一日中国賓への挨拶に追われている。いつものように、カジュアルすぎる服装でも、軍服でもなく、ドレスアップしたカガリはとてもキラキラと輝いていた。普段からもっと女らしい格好もしたら良いのにと言葉を漏らしたが、カガリ曰く「あんな、ヒラヒラして動きにくいもの脱そ……アー……いざと言うとき動けんだろうが」とのことらしい。


「まあ、カガリらしくていいけどね」


会場から拝借してきたオレンジジュースを飲んで、キラは庭にある噴水に腰掛けた。5月に入って、気温もかなり上がってきたが、夜になると程よく涼しい風も吹く。水辺のここは、気分も少しだけ和らぐ気がした。
カガリの双子の弟であるキラは、公には明かされていない。だが、国の中枢と限られた者のみそれは知られていた。あの事実さえなければ、きっとあの明るい中にキラも混じる事ができただろう。本当は、今日この場にも来る予定もなかった。しかし、カガリとプラントから国賓としてやってくるラクスの頼みでは、断る理由もなくしてしまう。キラの事情を誰よりも知っている二人に、断りを入れてはいらない心配をかける。二人のことだから、きっと優しい言葉でキラを励ますだろう。


「みんな、どうして僕に甘いんだろ……ホント」


絞りたてのオレンジジュースを飲み干して、キラはグラスを隣に置いた。月灯りに水面が銀色の光を映し出して、グラスにも同じように少し歪んだ月が写り込む。
最初はあの会場に一緒にいたけれど、どうしても居づらくなってしまう。カガリは勿論、プラントの最高評議会議長であるラクスもまた、国賓らに囲まれている。国同士の交流とも言えるこの場は、二つの強国とお近づきになれるまたとない機会なのだろう。
そっと会場を抜け出したキラには、二人は気付いていない。後で騒ぎにならないように、SPたちにはきちんと居場所は伝えてきていた。
今日は天気もよく、夜空がとても綺麗だった。月灯りの所為で、星はあまり見えないがそれでもキラキラと星も瞬いている。
双子の姉であるカガリは、名前の通り暗い夜を照らす篝火のよう。その篝火で人々を正しく照らしている。きっと、名づけた親もそう願ったのだろう。
ならば、キラの名前はどうなのだろうか。名前の音のままの意味とはまったく異なる存在。世界を誤った方向へと導いた存在。生まれるならば、カガリだけでよかった。いらない存在である自分は、世界にとって異質でしかなく居なくなるべきだった。あの争いの後、何度もそう思って、ずるずると来ている気がしてならない。


「どうして、なんだろ……」


生んでくれた母の顔は、写真で見た。とても綺麗に笑ったその顔は、自分たちにとてもよく似た顔をしていた。生まれたとき、祝福されていたのだろうか。


「きっと、されてないよね……」


自傷気味に笑って、水面をなぞる。冷たい水が指先を伝って腕に流れ落ちる。右手で水を梳くって放り投げた。小さな水滴がキラキラと落ちていく。微かに聞こえる弦楽器の音が、優雅なワルツを奏でた。


「カガリ、人の足踏んでないといいけど」


幼い頃から帝王学を学んでいるはずで、運動神経はいい筈なのに、ダンスは苦手らしい。何度か練習代になって、思いっきり足を踏まれた事がある。もっとも、本番には強いカガリのことなので、ヘマをすることはないだろうが。
後ろに仰け反って、吹き上げる水越しに灯りの漏れるバルコニーを見る。
ぼんやりと見える人影が、ゆらゆらと漂っている。小さく見える影は、代わる代わる映っては消え、一人になり二人になって、また居なくなる。その繰り返し。ワルツのゆったりとしたリズム耳を傾ける。
どす黒いどろどろとした闇は、もう一人の大切な片割れには不要。きちんとしたお祝いを言うためには、この感情はいらない。ざわざわと吹き上げる水と一緒に消えてほしい。
意識を切り替えるだけで、音はまったく違うものになる。綺麗なワルツが聞こえるように、キラは身体を起こした。


「うわぁ!?」


身体を起こすと同時に、視界が何かにふさがれる。しっとりとして少し甘いような香り。驚いて再び仰け反った身体は、水面に落ちることを想定して反射的に身構える。だが、とっさに伸ばした腕が捕まえられて、水に落ちることはなかった。


「え、なんでここに?」

「え、じゃないだろ。ラクスには後から行くから伝えてくれと言っておいたはずだ」


引っ張られていた腕が離される。月の灯りに照らされて瞳の色が、より輝いて宝石よりも美しい翡翠の色になる。覗き込まれて、ハッとしたキラは立ち上がろうとして、足を滑らした。今度こそ水浸しを覚悟するが、またもや腕が引っ張られる。花束を抱えたアスランの姿が視界に入って、キラは目を丸くした。


「どうしたんだ、キラ?」

「いや、別に!!」


掴まれた手は、温かく感じられる。その手を離してしまうのは名残惜しくて、離れていく指先を軽く握る。ぷらんと握られた小指だけが繋がる。


「最初に会場にいったのに、おまえ居ないし。カガリもラクスも人に囲まれてるし、探すの大変だったんだぞ」


滑稽な格好で繋がった箇所は、それでも離す気にはなれず、上手く表情が作れない。俯いて、その翡翠から目を背ける。足元だけを見て、キラは答えた。


「なんか、ちょっと人に酔っちゃって」

「ふーん。そのわりに、随分と手が冷えてるが?」


繋がった手を見て、キラはぱっと手を離す。離れていった手は、上に移って頭に置かれた。わしゃわしゃと髪が撫でられて、軽く掴まれる。見上げた視界に夜空が見える。


「おまえは……またいろいろ考えていたんだろ?」


図星を指されて目を逸らす。ぐいと花束が押し付けられて、キラはそちらに目を向けた。暗さの所為で色ははっきりと判別できないが、バラの花束。


「これ、どうしたの?」

「……時間がなくて、用意できなかった……だから、せめて花ぐらいはと」

「そう、なんだ……」


黄色いバラの真ん中に赤いバラ、そして黄色を囲むように明るく赤いバラ。
バラを持つアスランは、妙に様になってはいるが、本質から言えばあまり似つかわしくない。


「ありがと、きれいだね」


ふわりと香るバラ。それこそ、あまり自分には似合いそうもない。きっとカガリには似合うのだろうなと考える。
パンとすぐ傍で聞こえた音に、意識を戻す。こちらを見る翡翠の目が、キラを探っていた。慌てて取り繕うと、さらに目が細められる。


「な、なに?」

「いや。隠すのは構わないが、俺には関係ない。キラがなにを思おうが、それを隠したいのだったらそれでもいい。だけど、俺には通用しないぞ。というより、隠せないだろ?」

「ずるいね、アスランは」

「何年キラの傍にいると思ってるんだよ」


花束ごと抱きしめられる。頭を撫でられると、どうしてだか目頭が熱くなる。
上を向いたキラの唇が塞がれた。花束が潰れてしまうほど抱きしめられて、頭に添えられた手が逃げ場を奪う。お構いなしに進入した舌に、口内をかき乱された。花束を握り締めていた手がゆっくりと離されて、取り上げられる。器用に取り上げられた花束はそのまま噴水の中に投げられる。水に浮かんだ花束は沈むことなくぷかぷか浮かぶ。
差し出した舌が甘噛みされる。じんと痺れる感覚に、キラは縋るように腕を回す。息継ぎの途中で呼ばれた名前に反応するように、身体の中心に熱が籠もった。砕けるように崩れ落ちそうになったキラを、アスランは腕で支える。やっと離れた唇が、意地悪く孤を描く。濡れた唇の端からとろりと唾液が伝う。アスランに拭われて、キラは顔を赤くした。


「もしかして、イった?」

「バカ」


トンと胸を押すと、ふらりと倒れそうになってまた腕に抱きとめられる。笑う気配に顔を上げる。わっと声をあげる間もなく横抱きにされた。


「ちょっと、放して!!」

「いや」

「さ、流石にこれは、恥ずかしいって!!」

「誰も見てない」

「そういう問題じゃない」


同じ男としては、そう軽々と抱き上げられて嬉しいわけはない。キラが手足を使って離れても、あまり支障はないというようにアスランはスタスタと進む。


「だかっ、降ろせ!!」

「暴れるなっ、さすがに落とす!」

「いいから、おーろーせっ――っていったぁ!?」

「だから、言ったじゃないか」


アスランの忠告どおり、キラは落ちた。とっさに受身をとってそれ程衝撃はなかったけれど。芝生の上に落ちたのも良かったかもしれない。腰をさすると、アスランは覆いかぶさるようにキラの上にいた。


「え、なに?」

「なにって……言われたい?」

「……あんまり言われたくない」


胸元に伸びた手を拒もうとして、それを阻止される。掴まれた手は振り払えない。振り払ってしまったら、二度と手を取る事ができない。もう片方の手が伸びて、前髪が払われた。キラの視界がクリアになって、すぐ傍にアスランの息遣いを感じる。


「キラが嫌なら、やめるよ」

「……ホント、ずるいなぁ」


キラはアスランの唇に噛み付いた。少し力を入れると、じんわりと鉄の味がする。切れてしまった唇を舐めて少し笑う。


「噛み付くやつがあるか」

「これくらい、可愛い反抗でしょ」


アスランに抱きついて、もう一度唇を塞いだ。
どうしてずるずると、ここまで来たか。それは多分、キミがいたからだった。
本当は、静かに表から消えなければいけない存在だけども、臆病で一人になることが怖い。世界に必要とされない異分子を、だけれどもキミは必要だという。その一言で、ここまで思いとどまってきたのだった。


「まだ、僕はここにいてもいい?」

「あたりまえだろ」

「そっか……」


僕が本当に世界にとって邪魔にしかならなくなって、キミが僕を必要としなくなった時、僕は始めてこの思いから開放される。
何も知らなかった頃のように、無邪気に笑う事も喜ぶことも出来なくなって、悲観的にしか物事をみることが出来なくなって。

それでも良いと言ってくれるのなら、ずっとキミのそばにいていいですか?


「ありがと、アスラン」

「バカ。今日は、違うだろ」


軽く額を小突かれて、すぐに唇が重なった。
絡め取られた指先が、離れないというようにきつく握られる。


「誕生日おめでとう、キラ。生まれてくれて、ありがとう」


祝福からもっとも遠い自分に、不釣合いなその言葉。
ふいに零れた涙を隠すように、腕で目を覆った。
アスランはその腕を取り払う事はなかった。しゃくり上げるのを笑うでもなく、その手はゆっくりと髪を撫でる。もう片方の手は、キミを求めて彷徨った。すぐに掴まれたその手は、ぎゅっと繋がれた。


「……っがと、あす…ら……」



生まれてきた事に罪悪感は拭えない。
だけれども、生まれてきた意味の理由をキミに出会うためという事にして、僕はキミと一緒に生きていきたくなった。






“May 18

Happy Birthday KIRA”






end



キラ誕第2弾。カガリちゃんのことが大好きだからこそ、羨ましさは増してしまうのです。
誕生日記念の割には暗いものになってしまった……ただ、キラにとって誕生日はあまり喜べるものではないだろうなと。だがしかーし、アスランは構わず祝います。つか、全力で祝うでしょうね。余力があれば、裏も書きたいです。このあとがっつりねっちょりアスランに可愛がられるのです。



ちなみに、アスランの贈ったバラの花束は後から回収されますので!!
で、一応意味は、「どんなにあなたが不実でも・・・それでもあなたを愛しています」です。
組み合わせによって、言葉も違うらしいです。黄色のバラの中心に赤いバラで「どんなにあなたが不実でも・・・」で、それを赤いバラで囲んで「それでも愛しています」後者私が考えたものなので、違うかもですが←←

改めて、キラとカガリにおめでとうを。
これからも大好き!!



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