book3
□しっぱい、のちはれ
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「うそ……」
「あのぉ、どうされました?」
気が付いたら、こうなっていた。
伸ばし始めていた髪。美容師さんは、少し心配そうにこちらを見ている。
「あ、大丈夫です……」
その指先が触れたところから、すべてが変わっていく。
*しっぱい、のちはれ
美容室を出て、僕はとぼとぼと道を歩いていた。短くなってしまった髪が気になって、サイドの髪を引っ張る。このところ、急に熱くなってきたこの気候にも嫌気が差して、気分は急降下。ため息と共に、足取りは重くなっていく。
「せっかく、伸ばてたのに……」
ぽそりと呟いた声もただの虚しさが増すだけだった。そもそも、美容師さんに伝え方をミスした自分の所為なのだから、仕方がない。本当は、少し揃えてもらう程度だったのだけれど、気付いたらこんなにも短くなっていた。鏡を見ていなかったのもいけなかったのだろうけど。
「でもぉ……」
なんだか悲しくなってきて、ツイッターに書き込むとすぐにたくさんのツイートが返って来る。
『どうしたの?』
『元気出して!』
ありがとうとしか言い返せない。少しだけ、心が晴れた気がした。性格的に言えば、落ち込むほうではないし、楽天的と人に言われることが多い。だけど、ことこれに関して言えば、その性格はどうしてかナリを晦ませてしまうのだ。
「だって、褒めてくれたもん」
女の子じゃないのだから、ここまで髪型にこだわる必要もない。だけれど、あの手が触れたから、ここまで意識している。
「石田さん……」
そう名前を呟くと、無性に会いたくなる反面、会いたくない気持ちとが混ざり合う。
あの時、あの指が触って僕の髪を撫でたときの言葉が忘れられない。どこの乙女だと自分でもツッコミを入れたくなる。
メール画面を開いて名前を選ぶ。本文に、「会えますか?」とだけ短く記して、あとは送信を押すだけ。けど、僕の指がそれを否定してメールは消えてしまった。そのままカバンに携帯を突っ込む。
再び出たため息に、幸せが全部逃げていってしまう気がした。
「ただいまー」
一人暮らしの家に、返って来る声はないけれど、どうしても言ってしまう。ぐったりと、いつもより余計に疲れた気分でソファに倒れる。もそもそと手だけ伸ばして、テーブルの上においてあるリモコンに触れた。電源が付いてテレビの灯りで部屋の中が明るくなる。
テレビの音は、聞こえているはずなのに耳に入って素通りしていく。なんだか動く気にもなれなくて、そのままテレビを流しっぱなしで目を閉じた。
「って、石田さん!?」
突如聞こえた声に、びくりと反応して飛び起きる。画面を見ると、春から始まったアニメ――たしか、続編だった気がする、だった。思わずソファの上に正座してじっと耳を済ませる。
「石田さんだぁ」
声を聞くだけでなんだか気分がずっと回復する。やっぱり単純に出来ている僕の思考にくすりと笑った。ボリュームを少しだけ上げる。どうしようもなくふわふわとした気分になって、再びソファに倒れ込む。一ファンとしても、やっぱり大好きなその声に癒される。どんよりとした気分と一緒に疲れもどこかに飛んでいく。人から分かりやすいと言われるけれど、いまのこの顔を誰かに見られたら、十中八九「嬉しそうだね」と言われるだろう。
「やっぱり、かっこいいなぁ」
途中からだけれども、録画してしまおうかとリモコンに手を伸ばしかけたところで玄関のチャイムが鳴った。こんな時間になんだろうと思いながらも、少し浮き足立ってドアノブを捻る。
「うわぁっ!?」
ドアが開いた瞬間に、入り込んだ誰かが抱きつかれてドアを閉めた。驚きに声が出せないでいると、ばりっとその人が僕を引き離す。
「どうして確かめもせずドアを開けるの、しかもこんな時間に! 何のためにインターホンがあると思ってるの、キミは!!」
「へ!? いや、あのぉ」
「まったく、襲われでもしたらどうするのさ。最近、物騒なニュースも多いって言うのに、保志くんときたら……」
ひたすら続く小言に、目をぱちくりとさせる。今目の前にいる人がなんだか、幻のようで思わず自分の頬をつねってみる。確かに痛い。
「……で、なにアニメみたいな事してるの?」
「いや、本物かなって」
「……この天然が」
石田さんの手が頬に触れる。確かに感じる体温に、ああやっぱり本物だと口元が緩む。テレビの中のその声が、僕だけに発せられるその声になる。無意識に手が縋るように石田さんに向って、その手が引き寄せられる。安心するその体温に、憂いていた気分もすべて吹き飛んだ。
「どうして会いに来てくれたんですか?」
「はあ!?」
部屋の中に移動して、ソファに座る。なんとなく離れたくなくて、石田さんにぴたりとくっ付いてそう尋ねる。そうしたら、「何を言うんだこいつは」という目で見られた。どうしてそんな目で見られるのか、検討も付かなくて首を傾げる。隣で深いため息が聞こえた。
「あのさ……そりゃ、いきなりあんなメール来たら飛んでくるだろ普通」
「え、メール?」
「……普段、絵文字とか顔文字とかいろいろ使ってくるキミが、『会えますか?』って突然あんな端的な文章送ってきたら、吃驚するに決まってるでしょう」
「ちょ、まっ!? あのメール消したつもりで送ってたんですか!?」
またため息をつかれた。今度はもっと深くて、しかもなんだか手で顔を覆って。携帯の送信済みメールを見ると、確かにそのメールは送られていたようだ。
「なにかあったのかと思って慌ててきたのに、本人ボケてるし……俺の体力返せ」
「あの、すみません……」
なんだかとっても申し訳なくて、しゅんとする。「いいよ」と頭を撫でられる。すると、ぴたりと石田さんの手が止まった。
「あれ、髪切った?」
「え、あ……はい」
少し忘れていたけれど、思い出して気分が暗くなる。短くなった僕の髪を撫でるその手を取ると、石田さんに抱きついた。少し驚いた顔をして、抱きとめてくれると背中がぽんぽんと撫でられる。胸元に顔を押し付けると、もう一度その手は髪に触れた。
「どうしたの、やっぱり何かあった?」
「……髪、切ったんです」
「そうだね」
「少しだけ揃えようって……そしたら、切りすぎました」
「そう、それで?」
「……それだけです」
「それだけ?」
本当にそれだけのこと。些細過ぎることだけれども、すごくそれが重要だった。
石田さんが、僕の髪に触れて、「かわいいね」って言ってくれて「似合うよ」と褒めてくれたこと。だから、髪型を変えたくなかった。髪を梳いてくれる手が気持ちよくて、髪を長めにしていたのに。
ぽつり、ぽつりと呟いて顔を見上げる。黒い綺麗な目が、丸くなっていた。あまりにも女々しくて呆れられたかもと思って離れようとしたら、逆に腕をつかまれる。押し倒される形でソファに倒れ込むと、強く抱きしめられた。
「あの、石田さん?」
「まったくさ、なんなのキミは」
「はい?」
首を傾げると、ぺたりと手が頬に触れる。するりと撫でられて、その手が顎に掛かって持ち上げられた。重ねられた唇に、堪らず目を閉じる。すぐ近くの綺麗すぎる黒い目に、自分の姿が写るのがどうしても恥ずかしい。
離していった唇に目を開けると、やっぱりすぐ近くに綺麗な目。その黒い瞳を見ずにはいられない。
「やっぱり天然だ。自覚なしの天然は性質悪い」
「どういうこと!?」
甘い雰囲気を微塵も感じさせずに、つんつんと額を突かれる。むくれていると、石田さんは噴出した。そのまま笑ってぱしぱしと頭を叩かれる。
「かわいい、かわいい」
「バカにしてます?」
「してない、してない」
「うぅ……絶対してる」
やっぱり言うんじゃなかったと、ため息をつく。ちらりと石田さんを見ると、口元がまだ笑っている。ぷいとそっぽを向くと、後ろから抱きしめられた。
「ごめんって」
「いいですよ、もう。こっちこそ、お騒がせしてすみません」
「いやいや。可愛かったから全然」
「ただのアホですよ」
「なんで? こんなに可愛いのに」
耳元で言われて、びくんと身体が跳ねる。一気に体温が上がって、ばくばくと鼓動が早さを増していく。
「その髪型も、可愛いじゃない」
その言葉に、たちまち気持ちは晴れていく。
単純すぎる思考回路に、思わず笑った。
End
保志さんのツイートからの妄想。
ホント、何なんですかねあの可愛さ炸裂のツイートは!!
まっさきに、こっち繋げてまうじゃないですか!?
本当は、ツイートのすぐ後に書きたかったんですが、キラカガ誕の準備やらで書けませんでしたので、やっと書けました♪