book3

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※学パロ






分からないんだよ……
こんな気持ちは、初めてなんだから。




『俺は、いつだって本気さ。お前はもうすぐ俺のものになるよ』


あのアスラン・ザラの言葉がどうしてなのか、繰り返し頭の中に流れてくる。あの無駄に整った顔が、翡翠のような目が、真剣に僕を射止めて離さない。まるで、まだあの束縛から解放されていないかのような、そんな感覚さえ沸き起こる。
開いたままの真白なノートは、先ほどから綺麗なまま。1ページも進んでいない問題集に、僕はバンとシャープペンシルを叩き付けた。


「あぁあああ! もうすぐ中間テストだっていうのに!!」


叫んで机に突っ伏した。予習復習を欠かさずやっているお陰で、それほど問題はないのだが、やはり順位を上げるためには勉強は欠かせない。少しのミスが大きな点差になってしまうのだから。だけれども、その気持ちとは裏腹に勉強はまったく手付かずのまま、現在に至る。


「これも、アイツの所為だ……」


どうしてこうも、僕の心をかき乱す。勉強が手に付かなくなる事なんて、いままでなかった。それこそ機械的に数学の問題を進めてみても、頭に問題が入るわけもなくケアレスミスを繰り返す。間違えた箇所を消しゴムで消そうとして、びりっとノートが破れた。ぐしゃぐしゃになったノートを手で伸ばすと、分けもなく悲しくなってくる。


「なんなんだよ、どうしたらいいんだよ」


どうしてか零れそうになる涙を手で押さえこむ。わけの分からない感情は、自分でも制御不可能で、どうしたら良いのか分からない。熱くなる目頭が、堪えられなくなってあふれ出してくる。ぽたりとノートに落ちたのを皮切りに、関を切ったように涙が溢れ始めた。
しばらく涙を流し続けて、ようやく落ち着きを取り戻す。こういうときは、一人部屋で良かった。と、泣きながらある一点で冷静な自分がそう告げる。成績上位者のみの特権で与えられる個室は、全寮制のこの学園ではかなり貴重だった。
もしもここが相部屋だったら、こうして泣く事もできない。きっと、すべての感情がぐるぐると巡るだけで頭がショートしていただろう。泣く事がストレス発散にもなると、本でも読んだことがある。
久々に泣いて、目が重い。少しだけすっきりとした頭が、冷静に明日の状況をはじき出す。このまま放置していたら、明日の朝まで目が赤いままになる。泣いた事がバレバレのこの顔では、カガリに心配されてしまう。顔を洗いに行かなければと、ふらふらと立ち上がった。


「……誰かに会わなけりゃいいけど」


薄暗い廊下を進んでそう思う。消灯時間はとっくに過ぎていて、あたりに人影がない事にほっとする。
窓の開いた廊下は意外に涼しく、風が時折入り込む。顔に当たる風に、ざわつく心も流れていけばいいのにと窓の外を見た。初夏に入って、昼間は暑さが日に日に増していたが、まだ夜は涼しさを残している。窓から見える景色は、暗くてあまりはっきりと見えない。硝子が鏡のようになって、自分の姿を映し出す。泣いた所為で腫れた顔のブサイクさに、自傷気味に笑みが零れた。


「バカみたい。結局は、アイツの所為で僕はこんなにも彼を意識してる」


何もかもが、アスラン・ザラに仕組まれているみたいだった。あの天才は、人をもてあそぶ事にも長けていそうで、こうしてからかって心を揺さぶられて、それを見て楽しんでいるのだろう。


「最悪すぎる」

「何が?」


窓ガラスに突然写ったその姿に、目を丸くする。見慣れない制服意外のその姿に、心がまたもや騒ぎ出す。そして反射的に逃げようとした僕の腕を、アスランは捕まえた。赤くなった目を隠すように下を向く。どうしてこんなところに彼がいるのか分からない。


「な、なんてキミがいるのさ」

「こんな夜に何してるの?」


僕の疑問をまったく無視して、アスランは質問を投げかけてくる。それはお互い様だろうと、頭は言っているのだけれども言葉は出てこない。見慣れない私服に、一瞬だけ見とれたなんてことは認めたくない。


「ねえ、具合でも悪いの?」


俯いたままでいたのをそう解釈した彼は、僕の肩を掴んだ。びくりと大げさなほど肩が飛び跳ねて、とっさにその手を払いのけてしまう。驚いた翡翠の目と視線が重なって、しまったと慌てて顔を逸らした。


「キラ、泣いてたの?」

「違う……」


やっと口にした言葉は、小さくて自分らしくもない。はやくこの場から立ち去りたいのに、掴まれたままの腕がそれを邪魔する。振り払ってしまえばいいのに、どうしてなのかそれも出来ない。あの得体の知れない感情が再び沸々と溢れあがってくるのを感じて、僕は頭を振った。


「キラ……」


僕を呼ぶ彼の声は、今まで聞いた事もないような、優しくだけれどもどこか寂しさを含んでいた。この手を振り払わなければ、自分が得体の知れないものに掴まってしまうのではないかとそんな錯覚を起こしてしまう。ぐるぐると巡る思考は行き場をなくして、彷徨いながら無視意識に僕は顔を上げていた。


「目、赤いね。かわいそうに……」


撫でられた頬の感触は、不思議と嫌な感じはしない。体温を感じるほど近いこの距離は、パーソナルスペースの一番奥に入り込んでいる。0に近いこの距離は、今までカガリぐらいにしか許した事はない。
顎を持ち上げられて、見下ろしてくるその顔は、やっぱり綺麗で見惚れてしまう。いっそ作られた人形だったら良かったのにと思うほど、芸術品にも等しい美しさだった。
薄めの唇が開いて何かを告げる。だけれども、頭にはまったく入ってこない。やがてその唇がどんどんと近づいてきて、自分の唇と重なった。さらりと落ちてくる彼の藍色の髪が頬に触れる。長い睫毛が見えるほど隙間のなくなったこの距離は、すぐに離れてしまう。そっと触れるだけで離れていく唇を目で追うと、翡翠の瞳とぶつかった。


「逃げないんだね」


いつの間にか掴んでいた手が離れていた。束縛をなくした彼は、僕に逃げ場を与えてくれている。今すぐにでも逃げ出してしまえるはずなのに、僕の足は留まったまま。どうしてか、再び零れてきたものが頬を伝うが、流れ落ちる前に彼の指が塞き止めた。


「俺の所為?」


耳に響く声が、甘すぎる。女の子の扱いに長けているとしか思えないその行動に、こうして彼女達も落とされていくのだろうかと考える。このルックスと頭脳に惹かれない人間はいない。きっと、もてあそばれて捨てられた女の子たちも、彼とだったらと自分を許したのだろう。そして、認めたくもないけれど、僕もその中の一人なのだとはっかりと自覚した。


「俺のことを考えて、それで泣いているの?」


上を向かせられた状態で、それでも涙は止まらない。はっきりと自覚してしまったこの感情の名前を声にしたくなくて口を固く閉じた。流れ出る涙を再び拭おうとした彼の手を、今度は思いっきり跳ね除けた。


「違う! キミなんなの所為じゃない!!」

「嘘だね。キラは俺のことが好きなんだよ」

「ちがう、キミなんて大嫌いだ!」


言い捨てて、走り去ろうとするのをアスランは逃がしてはくれなかった。壁に縫い付けられて、唇が奪われる。触れるだけだったさっきよりも、ずっと強引で深いキスだった。無理やりにこじ開けられた唇から、口内に舌が入り込む。口の中を嘗め回して吸い付いて、激しいその口付けに、がくがくと身体が震える。息継ぎさえも許さないといったような激しさに、頭が思考を停止させる。絡まった舌が容赦なく吸われては食まれて、行き来を繰り返した唾液が、だらりと唇の端から溢れた。やがて、支えられなくなった身体がずるずると壁を滑りだして、ようやく唇が離れていった。へたりこんだその視線に、アスランもあわせてしゃがみこむ。整わない呼吸が熱を持つ。取り込んだ酸素すらも、熱を孕んでいるかのように身体中が熱い。


「キラ、好きだよ」

「…っ!?」


すぐ近くにあるその顔を、パンと叩いた。乾いた音が廊下に響く。潤んだ視界に、アスランの頬が赤くなるのが写る。俯いたままの彼は何も言わずにそれを受け入れた。簡単に避ける事が出来たにもかかわらず。


「僕は、大勢の中の一人でしかないんでしょ! だったら僕はこんな感情いらない!!」

「違うよ、俺にとってキラは特別な存在なんだ」

「嘘だ! そうやって、たくさんの人と遊んでたくせに!」


自分でも呆れるぐらい、自分は強欲だった。自覚して、大勢じゃなく彼の一番になりたいなんて、傲慢意外のなにものでもない。男の僕になんて何の価値もないく、だからと言ってただ珍しいからと遊ばれるのなんて真っ平だ。彼を睨み付けると、翡翠の瞳が悲しさを映し出す。


「キラ一人だから。俺がこんなにも夢中になったのはキミだけだよ」

「嘘だ、嘘なんだ……」


彼の優しい言葉に惑わされたのは、僕の所為。
この感情に気付かされたのは、キミの所為。





“一歩を踏み出す勇気”


それはまだ今の僕には足りない。
だけれども、再び塞がれた唇を拒む事はできなかった。


もう少しだけ時間を下さい。
そうしたら、僕はキミの想いを受け入れられる。





end



随分と時間が空きましたが、4の続きです。
発展しかけの宙ぶらりん。ほぼ受け入れて、でも自尊心が邪魔をするキラさんです。アスランが遊びじゃない事も、分かっててでもそれを理由に逃げている……
そんな風に読んでもらえてたらいいなぁ←












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