book3
□ミルキーウェイ
1ページ/1ページ
※学パロ
雨。それも、土砂降り。
空は見事に、灰色……を通り越して黒に近い。窓をたたきつける雨の音で、先生の声も聞こえ辛い。
*ミルキーウェイ
日付は七月七日。カレンダーには、七夕と記される日。
七月に入ってから、街でも笹を飾っている店をいくつか見つけたし、近所の保育園や小学校でも短冊や飾りがぶら下がった笹を飾っているらしい。だからと言って、高校生のキラにはそれほど関係あるわけでもない。ましてや、休日になるわけではない。単なる七月に入ってから七日目であり、平日であるとしか認識していない。
黒板を埋めていく先生の文字をノートに書きとめる。黒板の端には、誰がラクガキしたのか“たなばた”の文字。先生は、それを気に留めることなく授業を進めていた。
あと少しで、授業は終わる。時計を見ればのこり15分ほど。板書していく作業にもいい加減疲れてきたキラは、頬杖を付いてくるくるとシャーペンを回し始めた。
織姫と彦星。いくつかの伝説はあるが、仕事を放り出していちゃつき始めた二人に怒った天帝が、二人の間に天の川を作らせたとか。そして、年に一度だけ会うことを許される、今日がまさにその日。
「……自業自得だと思うけどな」
「誰がなんだ?」
知らない間に口にしていたらしい。しかも、いつの間にか授業は終わっていて、とっくに先生は教室を出て行っていた。声の方を振り向くと、幼馴染が立っている。
学年トップ、全国模試でも常に上位をキープする頭脳の持ち主。それでいて、容姿端麗で運動も出来る。まさに完璧さを兼ね備えた人間。しかしながら、そのことを逆手にとって手八丁口八丁で、周囲(主に先生方)を騙くらかしている。その性質の悪さゆえに、触らぬ神に祟りなしとさえ言われる。だが、その神さまのほうから積極的にキラを巻き込んでいくのは、昔から変わらない。腐れ縁が巡り巡って、現在まで至っている。
「いや、別に。今日は七夕だなって」
「あーそういえば」
空いた隣の席にアスランは座った。藍色の髪がさらりと揺れる。翡翠色の目がこちらを向いた。最近、妙にその翡翠の目を気にしてしまう。気にするあまり、キラは視線を逸らして窓見つめた。ざあざあと降り続く雨は、一向にやむ気配がない。
「七夕って、天気悪いよね」
毎年、今年は天の川は見られるのかとニュースで言っている気がする。思い返してみれば、確かに雨やくもりが多い。星を見る習慣はないにしても、テレビでそう言われれば気にはなってくるもの。
ちらりとアスランを見ると、じっとなぜか見られていた。慌ててまた視線をずらす。彷徨った視線が手元の携帯に行き着いた。画面の中をチョコチョコ動く小さなキャラクターが、今日は織姫の格好をしていた。
年に一度しか会えないという、織姫と彦星。せっかく出会える日なのに、いつも天気が悪いのは、もしかしたら雨女か雨男だったのではなかろうか。いやいや、そもそも物語なのだからそんなことは、あまり関係がない。ぽんと思いついたその発想に、キラは脳内で素早く突っ込んだ。すくすくと笑い声が聞こえる。
「な、なんで笑ってるのさ!?」
「いや。なんかまた、キラは突拍子もないこと考えてるのかなって」
「考えてないって!」
「ふーん、そう」
アスランは、にいと口角を持ち上げた。大きめの手が向けられて、キラは思わず目を瞑る。ふわりと頭に手が乗って、ぐりぐりと撫でられた。
「うん。可愛い、可愛い」
「な、ちょっと!?」
今度はもう片方の腕が伸びてきて、キラの腕を掴んで引っ張った。がたんと椅子が音を立てて、すっぽりとアスランの腕の中に納まった。何が起こったのか、一瞬分からなかった。
はたりと気が付いて、キラはじたばたと暴れ出す。
「ちょ、なんだよ! 離せ!?」
「いやあ、あまりにもキラが可愛くて」
「可愛くない! おーろーせぇええええ!!」
クラスメイトの視線が突き刺さる。にもかかわらず、アスランは膝にキラを抱きこんだまま離そうとはしない。あははと笑って、なぜか楽しそうにしている。顔から火が出るという表現が、これほどまで的確に当てはまることはそうないだろうというほどに、キラの顔は真っ赤だった。
「あーあー。キラが暴れるから注目されてるってのが分からない?」
耳元でごく近くに響いたアスランの言葉。ぐいぐいとアスランを押していたキラの手がピタリと止まる。覗き込まれてキラが見た顔は、満面の笑み。キラキラと光る宝石のような瞳が、キラを見つめて囁きかける。弱まった腕からすぐにでも逃げ出すことが出来るはずなのに、なぜか身体が動かない。
「可愛いね、キラは」
再びキラの髪を撫でる。するすると手で梳かすように撫でられた。癖で広がりやす栗色の髪が、すとんと治まる。
「そうだ。知ってる? 昔は旧暦だったから今より七夕は一ヶ月遅かったんだよ。旧暦なら、比較的天気も安定してる」
「そう……」
子供を諭すようなそんな声。キラの耳には、言葉の半分以上も頭に入ってこない。
近づいた口元が、耳元でまた何かを囁いた。
「自業自得だな」
ひょいと抱きかかえられてたキラは、真っ赤な顔を隠すようにアスランの首筋に顔を伏せた。
「ねえ、キミ。キラ、具合悪いみたいだから保健室に連れて行く。だから、先生に言っておいて」
「あ。は、はい!!」
喋りかけられたクラスメイトは、反射的に頷いた。
アスランはスタスタと歩き出す。手足をばたつかせて暴れれば、逃げられない事もないのだけれど、身体がいまだに硬直したまま。所謂お姫様抱っこのこの体勢。周囲の視線が突き刺さる。そんなこと諸共しないアスランは、その中をすき進んでいく。
“一年に一度? そんなこと俺には関係ないね”
きっと、彼が彦星だったならそう言ったに違いない。
そして、その言葉どおりあらゆる手段を使ってでも、目的を果たすのだろう。
彼にとって、天の川程度は大した障害になり得ない。
End
七夕らしく、こじつけた話です。今年も天気悪いそうですね。
学パロ楽しいよ。ぶっこみ設定なんでもあり!←←