basara
□春疾風
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「ゆきむらぁああああああ!!!」
「まーさーむねどのぉおおおおお!!!!」
佐助は縁側に腰掛けて、朝も早くから稽古に勤しむ主人たちを見ていた。
*春疾風
繰り出している技は、破壊力抜群過ぎるほどのものなのに、当の本人たちは実に楽しそう。
「あーあー。また塀に穴あけちゃって」
吹っ飛ばされた幸村は塀に突っ込んで、大きな穴が開いた。これで何度目になるだろうと、頭の中ではじき出そうとして途中でやめた。壊れた回数と修理費がありえないくらいになりそうで、頭が放棄した方が良さそうだと判断したようだ。
「ま、俺様のお給料には関係ないんだけどねぇ」
あの迷惑な朝稽古のお陰で、ここ最近は爽やかな朝とは程遠くなっている。
「旦那が楽しそうならいいんだけどねぇ……」
はぁとため息を付いて、お茶を啜った。戦が終わってのんびりとした毎日が続いている今、戦忍としての役目はほとんどない。最近では、もっぱら幸村のお世話役のようになっている。忍の佐助が、一城主の世話役をしているのはどうなのかと考える事もある。そういった事に無頓着な上田の気質もあるのだが、泰平の世になった今、何かと他国との関係もある。
「やっぱ、俺様から言い出すべきかなー」
これからは、他国との外交や情報収集がものを言う。幸村に付き添って、各国の城主とのやりとりを主とするのに表向きに忍は不用になる。裏に徹して支えていく方が、いいのではないだろうか。
「なんか……」
「何さっきからぶつぶつ言ってやがる」
「うわっ!?」
突然、目の前に強面の顔がきて慌てて飛びのいた。というより、気配がまったく分からなかった。
「右目の旦那……俺様ホント、忍としての自信もなくなるんですけど」
いくら考え事をしていたからと言って、目の前に来るまで気付かないことなどなかった。なのに、どういうわけだか、この男だけは気配を消すのが妙に上手いのだ。ふいっと顔を背けると、小十郎は佐助の隣に腰を下ろした。
「つかさ…一応あんた、エライ人なんだから並んでこんなとこ座っていいワケ?」
「あ? 別に何処に座ろうが俺の勝手だ」
「……まあ、そうだけど」
この男といると妙に調子が狂う。
政宗と一緒にやってきて、当然のように何故かいつも佐助の近くにいる。最初は、従者同士だしと思っていた。しかし、佐助とはまったく違う。小十郎は、政宗の父の代から使えていたと聞いている。それに奥州ではかなりの名家の出であり、政宗の右腕を務めている。唯の忍とは雲泥の差。これが他国との外交なら、当然幸村が下に見られる材料にもなりかねない。
「あ、お茶飲む?」
「ああ」
小十郎の分のお茶を入れて、ことんと置いた。ゆらゆらとお茶の匂いが広がる。この匂いは心が落ち着くため、佐助は好きだった。
すっと小十郎がお茶を飲むのを眺めていると、ふと目が合った。切れ長で、無愛想な目。
「なんだ?」
「べつにー」
やはり何気ない動作一つにしても、どこか洗練されたものがある。部下からの信頼も厚く、知識もかなりのものだと知っている。とてもじゃないが、同じだなんて思えない。
「柄にもなく悩んでやがるのか?」
「あんた、人の事なんだと思って……まぁ俺様、忍だしーヒトじゃッ!?」
言いかけた言葉は、小十郎に封じられた。大きな手で両の頬を挟まれる。ぐるりと顔がそちらに向けられた。何故だか怒りを含んだ目がこちらを見ていた。
「な、なにさ」
蛇に睨まれた蛙のように、視線を逸らせない。一寸ほども動けないほど、息が詰まる。張り付いた笑みが引きつって、何かをさらけ出してしまいそうになる。どのぐらいの間だったのだろうか、もしかしたらほんの少しだったのかもしれないが、佐助にはとても長く感じた。ふいと突然小十郎の気が変わって、これまた突然みにょーんと両の頬が伸ばされた。
「おお、思ったよりよく伸びるな」
「ひたっ!? ひたい、ひたひって!!(いたッ、痛い、痛いって)」
ふにふにと何度も伸ばされれば、いくら忍でも地味に痛い。やっと解放されてもじんじんとした痛みは残っていた。きっと頬は真っ赤になっているだろう。
「あんた、なんて事するのさ…って、笑うな!?」
赤くなった頬がそんなに可笑しいのか、笑っている。しかも、笑った顔を見られたくないのか、背を向けているのだが肩は震えている。まるで、童のイタズラみたいなことを大の大人に何故やられなければいけないのか。
「ああ、すまない」
「絶対思ってないだろ!!」
「本当だ、悪かったな」
「うっ……まあ、もういいけど」
別に本気で謝ってほしい訳ではなかった。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、別の佐助が現れた気がして驚いた。はるか昔に置き去りにした佐助は、二度と現れることがないように佐助が殺した。
「ホント、あんた何なんだ……」
忍としての居場所まで奪おうというのか。
遠くでは相変わらずの破壊音がする。
どうしてこの男は、こうまでして佐助の心を掻き乱すのか。
ぐるぐるとらしくもなく考えていると、ぽんと頭に何かが乗った。ほんわりと温かいそれは、すっと何かが落ち着いていくのを感じる。
「お前は、おまえだろう。それでいいじゃねぇか」
「ワケ、分かんないです」
「なら、考えれば良いだろ」
ぐりぐりと橙色の髪がかき回される。幼子のようなその仕草は、初めてかもしれない。
「俺様、童じゃないんですけど……」
「似たようなもんだろ」
「違うわッ!!」
別の意味で赤くなった頬を隠すように下を向く。火照って痛みが増したような気がする。
「あんたの所為だ」
「それは結構なことだ」
何かが溶けて、あふれ出す感覚。
この感覚は、もうどうしようもない気がする。
「あーあ。もう、どうすんのかねぇコレ」
「なにがだ?」
「知らない……てか、あんたには言わない。あ、旦那たち、帰ってきた」
たっぷりと汗を流した幸村と政宗がこちらにやってくる。満足そうに、幸村の一房の髪がうきうきと揺れている。その後ろからくる政宗も、顔はいつもと変わらないが満足げだ。竜の一つ目は、幸村の髪を嬉しげに見つめていた。
「佐助、喉が乾いた!!」
「はいはい。ちょいと待っててねー」
近くにいた部下の忍に二人分の水を命じて、佐助は手ぬぐいを差し出す。ごしごしと顔をぬぐう幸村の姿に、自然と笑みが零れる。幼い頃から変わらないこの顔が好きだった。主従の関係以前に、きっと幸村の屈託のなさが好きなのだ。
「佐助、何か良い事でもあったのか?」
「さあ、どうでしょうねぇ」
「おい、猿なんぞ放っておいて、早く汗拭け。風邪引くぜ」
「わ、わわ。政宗どの!? 」
頭に手ぬぐいを被せられて、わしゃわしゃと政宗に拭かれている。傍から見てもすぐ分かるほど、面白くなさそうな政宗の顔が面白い。
「じゃあ俺様、朝餉の用意してくるから。旦那方、風引かないうちに中入ってきなよ」
小十郎の手を掴んでその場を離れる。
廊下を曲がったところで手を離そうとすると、逆に掴まれた。
「なんですか?」
「いや、なんでも」
「手、離してくれない?」
「……いやだ」
「あ、そうですか」
俯いて、このまま歩く。腕ではなく、手を繋いで。
こんなところ、誰かに見られたら何を言われるか堪ったものじゃない。
だけど、あと少しだけこうしていたい。
「なんか、もうイヤだ……」
この気持ちは、いとも簡単にすべてを壊していく。
end
思いのほか、長く……そして、始めはダテサナのつもりだったのに、なぜだかコジュサスが乗っ取っていた。というより、佐助の暴走……
結果、コジュサスになりました。
佐助さんが何だか、女々しいorz
これ、にょたにしても良かったかも?
久々のBASARAでした。