basara

□雪解けをまつ
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雪に閉ざされた奥州では、人の往来は少なくなる。
身の丈ほども積もる雪の所為で、皆が家の中に籠もる。家の中は、赤々と火が灯り、身を寄せ合って寒さを凌ぐという。
侍女の一人から、梵天丸が聞いた話であった。






*雪解けをまつ





米沢城の離れにあたるこの屋敷。当主、輝政の長子であるはずの梵天丸だが、ごく限られた侍女と側近のみが暮らしていた。


「なあ、今頃どうしてるだろうな」


ぽそりと呟いた声は、声変わりを迎えていない男童のもの。右目に巻かれた包帯と、寂しげな目が外を見ていた。今日もしんしんと降り積もる雪は、見慣れた庭を真白に変えていく。


「あの者たちも、こうして雪を眺めていましょう」

「そう……か」


ふうと吐いた息までも白く、その景色に溶け込んでいく。まるで、何もかも飲み込んでいくように梵天丸には見えた。部屋の中はそれなりに暖かいはずなのに、どこか寒々しい。時々入り込んでくる風の所為なのか、それともこの雪の所為なのかは分からない。


「さむい……」

「では、もう少しこちらにいらして下さい」

「いやだ」


梵天丸は、ぷいと明後日の方を向く。窓のふちに掛けられた小さな手は、心なしか小さく震えていて、我慢しているのは目に見えている。小十郎は、小さく息を付いて火鉢に炭を足した。


「もう一つ、火鉢を用意いたします」

「ああ」


部屋を出て行く小十郎を目で追う。一人になった部屋は、余計に寒さが増したように思えた。しんと静まり返った室内は、己の息遣いだけが聞こえるだけ。いつもは聞こえる家臣や、侍女の気配もすべて消えてしまったようだった。
雪は音を飲み込んで、まわりの者までも消してしまったかのようだった。もともと、人の少ない屋敷ではあるが、それでも常に控えている侍女や側近はいるはずなのだが。


「白は、きらいだ」


生母にも疎まれ、嫡子であるにも関わらず城の奥で暮らすことも叶わなくなった。唯一、輝政だけは梵天丸を気に掛けてはいたが、それも表立ったものではない。右目を失った時から、持っていたものをすべて失った。あの日もまた、雪がしんしんと降り続いていた。


「今度は、なにを奪う?」


木の枝に積もった雪が、どさりと落ちた。どんよりと淀んだ空の雪雲からは、太陽は見えない。


「弁丸……」


冬の初めに出会った小さな男童。ころころとよく笑って、その周りだけがほっこりと温かい。やたらと人懐っこくて、忌み嫌うこの容姿を見てもきょとんと笑っていた。同じ年頃の童と遊んだ事などこのときが初めてで、ましてや年下なんて初めてだった。

雪が溶けて、春が来たらまた会おう。

今度はこちらが上田に行くと、そう約束した。それ以来、こうして外を見て過ごしている。
しかし、春はまだ遠く、まだまだ冬は続く。やっと正月が明けたばかりだ。暦の上ではもう春だというのに、何が早春だと言いたくなる。


「弁丸、おまえは何をしている?」


ちっぽけなこの呟きは、やはり白に消えていく。答える者はいない。
握った拳でダンと壁を叩く。冷たい指先は感覚がなくなって、痛みはなかった。


「さあ、風邪を引きますよ」


いつの間にか傍に来ていた小十郎は、細い肩に羽織を掛ける。ふわりと、真綿の入った羽織が梵天丸を包んだ。


「雪が溶けても、あなた様が風邪を引かれては、上田には行かれませんよ」

「小十郎……」


氷のように冷えていた瞳が、ほんの少し溶けて小十郎の姿を写した。
羽織の前を合わせて、ぺたぺたと火の傍へよる。火鉢の炭は白く、赤々と火を抱えていた。


「しろ……」

「そうですね」

「でも、あたたかいな」

「はい」


かざした掌が、じんわりと温かくなる。口元がほんの少し緩むのを見て、小十郎は傍においていた文を梵天丸に渡した。


「上田からでございます」


差出人の名前を見て、ひとつの目がまん丸になった。あまり上手くない、というよりもかなり汚い字で書かれたそれは、確かにあの弁丸の字であった。ところどころ、墨で汚れた箇所もある。


「これじゃ、まともに読めねぇよ」

「そうですね」


細められた目は、ほんのりと温かかった。ぱちんと弾けた灰が、火花を飛ばす。
拙いその字は、他愛のない日々を綴っていた。まるで日記のよう。賑やかで、騒がしい弁丸そのものの文は、最後にこう綴られていた。


“はやく、会いたいです”


弁丸も同じ事を思っていた。そのことに、ふっと身体の中が温かくなった。
ほんのりと暖められた頬がゆるんで、文の最後を口に出していた。


「梵天丸さま。返しの文にはなんと書きましょうね」

「……ひみつだ」


控えていた侍女に文台の用意を命じて、小十郎は外を見た。
まだ雪解けは遠いが、降り続いていた雪がやんでいる。もう少ししたら、雲間から日が差すかもしれない。
この冷え切った奥州に、少しでも早く春が訪れるように。
小さな主の為に、そう小十郎は願った。




End

ちびっ子の梵天丸は、やっぱり根暗っ子だったと思います。弁丸に出会ったことで、ちょっとずつ本来の性格に戻っていくと良い!!
最近、いちゃついてる二人を書くよりも、どっちかが想いを寄せている方を書くのにはまっています♪
今度はちゃんと弁丸も書こう!!






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