basara

□勿忘草の空
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『勿忘草色の空』




ぽかぽかとした暖かな陽が一面に降りそそぐ昼下がり。
政務に追われる忙しい日常をこの時は忘れて、こうして縁側でのんびりと雲が流れる空を見上げながら茶を飲むには、これ以上ない良い天気だった。

群雄割拠の時代。自身こそが天下を治めんと旗を掲げて戦う時代。日の本の北、奥州に城を構える政宗もまた、兵を率いて戦場を駆ける。戦う事が嫌いな訳ではない。むしろ、自身も好戦的な性格だと自負している。強い相手と戦う事は好きであるし、そんな相手と戦えるのであれば、己の感情も昂る。戦場において本陣には留まらず、我先にと敵陣へ愛馬を走らせ突っ込んでいく。それを家臣に諌められもするが、その反面、政宗本人が駆け回る方が早く戦が終わるのも事実。国を治める立場からいえば、戦を長引かせるのは得策ではない。兵にも合戦上となったその地の民にも、その分被害は増える。

ただ、それは飽くまでも国主として、の意見である。

戦に出ればその間の執務は滞るばかりで仕事も溜まる一方だ。適材適所で割り振れるような政務は任せてはいるが、それでも国主のやらねばならない仕事は手付かずで、加えて戦の事後処理をするのは自分である。鍛錬や城下散策などで体を動かす事の方が好きな政宗自身にしてみれば、じっと文台に向かってひたすら筆を進めるだけの作業は、正直『飽きる』のである。手を抜こうものなら、日頃の鬱憤までも上乗せして小言を言う小十郎が待っている。そんな小十郎の目を盗んでは抜け出したり、抜け出したり、抜け出したり、怠けたり、遊んだり。見つかって大目玉を食うのはもう何度目になるか。
今回も同じように仕事に飽きて抜け出そうかと思ったが、上田から幸村が訪ねてきたのはその矢先の事だった。

来客を放って仕事をするわけにもいかず、来客中はしばしの休憩を、と文台から離れる事ができた。縁側に幸村と座り、手には小十郎が作った団子と茶。熱い茶を一口飲めば、仕事で固まった体に沁みて解れていく。ふと何の気無しに空を見上げる。あぁ、空が高い。

「…長閑だな」

湯呑みの中の茶を飲み干し、誰に言うでもなく呟いた。
そんなゆったりとした時間が流れていた空気をぶち壊すかのように、突如として辺りに響き渡った叫び声。


「あぁぁぁぁああっ!!」

「…っ!?」


響き渡った叫び声の主は、先程まで自分の隣に座ってもう何本目かも分からなくなった団子を頬張っていた幸村だった。

空になった湯呑みに茶を入れに行こうと立ち上がり、後ろを向いた直後だった。
思わずつんのめりそうになった体を何とか立て直し、振り向いた。


「What's up?」

「…団子が…っ! 某の団子がぁぁ……っ」


その何とも情けない声に、ふ、と下を見てみれば、小十郎の作った団子。…を美味そうに食う犬。
言わずとも、何となく想像がついた。

……あぁ、そういう事か。一体どんな大事が起きたのかと思えば……。


「こっ…この犬が…っ、近づいて来たと思ったら、某の、大事な某の団子を食べてしまったのでござるぅぅぅ…っ!」

「……らしいな…」


目をうるうると潤ませながら犬に食われていく団子を見ている幸村の姿に、しゅん、と垂れ下がる耳を見た気がする。もし耳と尻尾が生えていたのなら、それは確実だっただろう。犬が団子を食うという様は、寧ろ長閑な風景の一つとして捉える事の方が出来るであろう光景だが、幸村にとっては己の大事な団子を食われた恨みでしかない。

恨めしやぁぁっ、とでも言うかのような幸村の背後には、団子を食われた事によるおどろおどろしい雰囲気が漂っていた。
食べ物の恨みは恐ろしい、と確かによく言うが。この場合は、どちらかといえば「甘味の恨み」だろうか。齢十七にもなる武士が、まして戦場において紅蓮の炎を纏って槍を振るう、日の本一の兵とも言われる男がこんな事で腹を立てて泣くな、とも思うのだが。
それも、敵意を向ける相手は人ではなく犬。
そこは甘味が大好きな幸村だ…致し方ない、気がしない事もない。

そんな恐ろしい背後の雰囲気を感じ取ったのか、はぐはぐと団子を食べていた犬は、びくっ、と跳ねて顔を上げ、団子を咥えたまま脱兎の如く走っていった。


「あぁぁぁっ!…ま、待てっ!」

「いいじゃねぇか、団子の一つくらい。もう何本も食ったろ」

「某の…某の団子がぁぁ……」


…どこから入ってきたんだ、あの犬…。そもそも落ちた団子食えねぇだろ…。

走り去る犬を涙目で見つめ、打ち拉がれたかのように項垂れた幸村をどうするべきか。
この世の終わりのような表情である。団子一つで。


「…んなに団子が欲しけりゃ、これ食えよ」

「え?…いや、しかし…」


見兼ねて口を開けば、それまで垂れ下がっていた耳が、ぴょこん、と動いたかのような動作をした幸村だったが、それは政宗殿の…と弱弱しく続けた。


「今更何を渋ってんだよ、お前は。食わねぇんなら、そのまま俺が食うぜ?」

「…っ!? いっ、頂くでござるっ!」


思わぬ一言を返され、幸村は即座に主張を変更し、差し出された団子に飛びつくように受け取った。キラキラしたその目に政宗はなく、手にした団子しか写っていない。


「有り難く頂くでござるっ!」

「…そうやって、最初から素直に受け取りゃいいのによ…」


政宗の言葉も聞こえていないのか、礼を述べると満面の笑みで団子を頬張り始めた。
So cute. …じゃなくて。


「幸村…お前、よくそれだけ食って胸焼け起こさねぇな」

積まれた団子の串を横目にしたら、思わず口に出てしまった。皿に無造作に転がる串は自分が食べた本数を優に超えている。同数食べられるようにと持ってきてあったはずのものが、今となっては比率が違う。今この場にいない佐助がこれを見れば間違いなく、「こんなに食べてご飯が食べられなくなったらどうするの!」と小言が飛ぶほどには。

「甘い物は別でござる!」

あぁそうかい。まぁ作ったのは他ならぬ小十郎だしな。
それこそ、もう何年間も小十郎の作ったものを食べている。味はその身を以て、十分保障済みだ。
あいつが不味いモンを、まして客人に出すわけもない。

それ以前に、好き嫌いを言ったり残したりしようものなら、その場で抜刀され叩き斬られそうである。特に小十郎が丹精込めて育てる野菜に関しては怒るのは火を見るより明らかだ。
凄味のあるあの顔で刀持って本気で追い掛けて来ようものなら、小十郎の顔を見慣れた伊達軍兵士であっても逃げるだろう。元服前の梵天丸の頃の傅役だった時から見ている政宗も、あの本気顔に追いかけられたくはない。


「政宗殿!」

「Ah?」


幼い頃から小十郎は恐かった、と耽っていると幸村からの呼び声に引き戻された。
大量にあった団子もいつの間にか食べ終えていたらしく、串だけが皿に残っていた。団子の丸味は何処にも見えず、全て綺麗に幸村の胃袋に納まったようだ。呼ばれて見遣った幸村の顔は、満足そうな表情だった。

「美味い団子を有り難うでござる」
「You're welcome」
「…ゆ、ゆーあ、うぇる…かむ…?」


聞き慣れない異国の言葉を返され、首を傾げながら反復した。
南蛮語が分かるのは、自軍にも自分を含めてもほんの一握りの者のみで、他は殆どいない。はっきりとした内容が分からなくても、伊達軍兵士は政宗が「Are you Ready?」と問えば声を揃えて返す。政宗に影響されてか、中でも政宗が頻繁に使うような簡単な単語は、一部兵士も使っていたりする。伊達軍ではそれが当たり前になっているが、他国の者にしてみれば、やはり聞きなれない言葉に戸惑うのが道理だ。幸村も、政宗が南蛮語を使うのを知ってはいるが、自身にその言葉を投げかけられると戸惑ってしまう。


「どう致しまして、って意味だ。美味かった、ってのは、俺じゃなくて小十郎に言ってやれ」

「団子を作られたのは片倉殿でござったな。ならば某、その旨を伝えてきますゆえ…」


某、一時失礼するでござる!と言うが早いか、早く伝えたいとばかりに小十郎の所に駆けていった。
この刻なら手間隙かけて育てている畑か、それとも稽古場か。このまま夕餉を食べていく事になるであろう幸村のため、支度をしようと厨にいるか…。一応政宗に会いに来た客人だ。多少豪勢なものを作ろうと、小十郎自身の手で作っているかもしれない。
ともあれ、幸村が小十郎を探してまたこの縁側に戻ってくるのは、しばらく後になりそうだ。

「…長閑かだな……」

新しく湯呑みに淹れ直した茶を啜り、また空を見て一言呟いた。




END

友人・柚那に、という事で送り付けた小説(←ヲイ)。
過去に書いた作品を、ちょこちょこ付け足したり消したりしてリメイクしました。

柚那ー、良かったらペイッと張り付けといてくだされー。


それにしても…。
リメイクしたにも係わらず、こんなにぐだくだした、しかもキャラも掴めず彷徨ってる(Σかなり致命的…!)小説送り付けても良いものか……。

オチ無いし。(一番ダメじゃん!)
あんな、おバカっぷり炸裂しまくりの幸ちゃんで良ければ、嫁に貰ってやって(;´д⊂)












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