book

□杞憂
1ページ/1ページ






待て。


行くな。


行かないでくれ。




一人は、もういやだ……



手を思いっきり伸ばした。近づきたくてもどんどんと距離が離れていく。



総士は闇の中に消えようとしていた。






「……」



夢。

一騎は布団の中で目を覚ました。
涙で濡れた頬を拭う。

毎晩のように見る夢は、一騎を不安定にさせる。

夢の中の総士はじっとこちらを見ている。
責められているような目がまっすぐ一騎に向けられていた。

布団を抜け出して、外に出た。


「…そ……し…」


肌寒い風が薄いTシャツの隙間から入り込む。


海が波打っていた。

堤防から見える海は暗く静かだった。

細波の音だけが響く。


静かな夜。


波の音がすべての音を飲み込んでしまったかのように感じた。


「なぁ総士。おまえは本当に俺を許してくれるのか?」



あの日、帰ってきた総士と再会したのは、幻だったのではないか。
一騎の心が作り出した幻想で、いまだに総士はあちら側に捕らわれているのでは。

今いるこの場所すらも夢の中で、まだ夢から覚めていないのではないだろうか。


「一騎!!」

「……来主?」


ふわりと抱きしめられた。
いつの間にいたのだろうと、ぼんやりと考えた。
来主はアルヴィスで生活していたはずなのに。


「一騎、好きだよ。総士なんかよりもずっと一騎を愛してあげる」


首に抱きつく来主の腕に手を添えた。
人のようにちゃんと体温がある。
少し高めの体温だった。


「ありがとう、来主」


来主の顔はくしゃりと歪んでいた。
泣きそうな顔は小さな子供みたいに見えた。


「……一騎」

「だけど、ごめんな。来てくれてありがと…」



頭を撫でた。
小さい子にするみたいに。
来主は泣いていた。



「総士なんて……一騎を悲しませる総士なんて…嫌いだ!!」

「…ありがとな来主」



わんわんと泣く来主を宥めていると、夜が明けた。

海岸線に朝日が登り始める。


「一騎、こんなところで何をしている!!」

「総士?」



来主の頭を抱えている一騎を見て、総士は驚いていた。
アルヴィスを抜け出した来主を探していたらしい。
まさか、一騎と一緒にいるとは思わなかった。


「何をしている?」

「一騎に甘えてるのッ!!」
「離れろ」

「やだ」

「離れろ来主!!」

「いーやーだー」


総士たちのやりとりに思わず一騎は吹き出した。
まるで兄弟みたいに見える。
総士と来主は少し似ている。


「一騎!! おまえもそんな薄着だと体に良くない」

「俺は大丈じょ…」

「こんなに冷えて大丈夫じゃないだろう!!」


総士の手もそれほど温かくなくて同じぐらいだった。
きっと来主をずっと探していたからだろう。


やはり、似ている。

だけど、違う。


「いい加減に離れたらどうだ」

「いいじゃないか!!」

「一騎が迷惑がっているだろう」

「そんなことないよねー一騎?」

「え? あ…うん」


二人に睨まれた。
その表情もどことなく似ている気がする。


「一騎が寂しがってるの知ってるのに、総士はなんで側にいてやらないんだよ!! バカ総士!!」

「僕にだってやらなければいけないことがいろいろあるんだ!!」

「一騎より大切なのかよ!!」

「来主、ありがとな」


島のことを何よりも大切にしてきた総士に、それを聞くことはできない。
分かり切っていること。


「ずるいよ……一騎も総士も…ずるい!!」

「来主。俺はおまえのことも好きだ」


だけど、違う。
総士に対しての感情は友情とも恋愛とも違う。

どの感情にも属さないと思う。


「一騎……おまえは少し物わかりが良すぎる。もっと感情を出せ」

「総士?」

「二人ともずるすぎるー!!! やっぱり二人とも嫌いだ!!」


べぇと来主は舌を出した。子供っぽいその仕草の裏に人間よりも人間らしい感情がある。

人間なんかよりもずっと素直で純粋。


「俺は好きだよ、来主」

「じゃあ、総士は?」

「………」

「なぜ黙るんだ一騎」


睨まれた。
なんだか可笑しくなって笑いがこみ上げてくる。


どう考えようが杞憂にしかならないじゃないか。



「俺は……前みたいに総士がそばにいてくれたらそれでいい…かな」


帰ってきてくれた。
それが真実であり、現実なのだから。

こうして総士と話すこともできる。
触れることも。


ふわりと一騎は笑った。
これからのことを考えよう。
総士がいなかった間に、できなかったことも伝えたかったこともまだまだたくさんある。

それを一つ一つやっていけばいい。


総士は目を丸くしていた。珍しい表情。
こんな発見もこれからできるなら。





「一騎ぃ……一騎って本当にかわいいよね。やっぱり総士にはもったいない!!」

「ずいぶんと、よけいな箇所だけ人間らしくなったな、おまえ」





こうやって笑っていられるのなら、

それでいい。



end


行き着くところがなんか同じになってしまう、、、


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ