蒼穹

□だめ?
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目の前にいるとさ、つい……




*だめ?





楽園でのアルバイトが終わって、一騎は帰る支度をしていた。
同化現象によって見えなくなっていた目は、もうすっかりよくなって随分とはっきり見えるようになった。だけれども、視覚に代わって鋭くなった感覚に頼ることに慣れてしまった今は、なんだか妙な感覚に陥ることもある。触覚もその一つ。触れることで判断していた頃の名残は、まだ直りそうもない。


「溝口さん、お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ。気ぃつけて帰れよ……っと、それは大丈夫そうだな」


ぱんと肩を叩かれて、一騎はびくりと振り返った。にやりと笑う溝口の顔に、一騎は首を傾げる。手に持っていたエプロンを取り上げられて、もう一度ばしりと背中を叩かれた。


「ちょっ、痛いですって」

「いやあ、すまんすまん。なに、相変わらずだなと思ったからよ」

「はぁ?」


溝口が言っている事がよく分からずに、ひたすら頭に疑問符が浮かぶ。だけれども、問うたところではぐらかされるだけだろう。ひらひらと手を振る溝口を見て、一騎はふうと息を付く。叩かれた背中がまだ痛い。本人はそこまで本気で叩いてはいないだろうが、力の加減をもう少しわかって欲しい。


「じゃ、一騎。またな」

「はい。ありがとうございました」


店を出ると、海のにおいがする。もうすっかりと暗くなってしまって、海は見えないけれど、波の音と潮の匂いがする。打ち寄せる波の音は、心を落ち着かせてくれる。目を閉じると、それがより感じられた。感覚をたよりに歩き出す。手を前に突き出すと、すぐに少しひんやりとした鉄の感触がる。そのガードレールに掴まると、さっきよりもより海を感じられる気がした。手を伸ばして身を乗り出すと、誰かに肩をつかまれた。


「危ないぞ」


単調な声とは違い、肩に触れた手は温かい。落ち着く匂いと風に靡いた髪の音に、一騎は目を開ける。声の通りの無愛想な顔。一騎は無意識に手を伸ばして、その顔に触れた。


「あ、総士だ」

「なんだ、その反応は」

「まさか、いるとは思わなくて」


視覚の情報はその何割かが脳によって作られた、幻覚だとどこかで聞いた事がある。ぴたりと触った総士の頬と、風に時よりふれる長い髪。間違いなく本物の総士だった。
するりと撫でていたところでハッとして、一騎は総士の頬に触れていた手を引っ込める。


「ごめん、イヤだったか?」

「いや、そうは思わなかったが」

「そっか」


意外と柔らかかったその感触に、ぎゅっと手を握る。視覚よりもその感触のほうが、裏切らない。目の前のものが本物かどうか、触れば分かる。


「帰るぞ、一騎」

「あ、うん……あの、もしかして迎えに来てくれたのか?」

「……たまたまだ。暇が、出来たからな」


歩き出した総士の顔が少しだけ赤くなっていた気がする。顔を確かめようと、横に並ぶと突然歩みが速くなる。顔を思いっきり背けられて、一騎は総士の腕を掴んだ。


「なんだ?」

「いや、なんでもないよ」


ぴたりと歩みが止まる。目を閉じて確かめると、やっぱり体温がいつもより高い。一回り大きい手の平に、ぺたりと手を合わせる。不思議そうに総士は首を傾げ気配があった。


「総士の手だ」

「それがどうかしたか?」

「ありがとう。迎えに来てくれて」

「なっ!? だから、たまたまだ!」


するりと手が逃げて再び歩き出した。今度は目を開いて、一騎は背中を見つめた。
珍しく私服姿なのは、確か今日はアルヴィスの仕事がなかったから。総士が歩くたびに、先で結んだ長い髪が揺れる。それがしっぽのようにも見えて、なんだか可笑しい。規則正しく動くそのしっぽは、とても総士らしくて思わず手がでる。


「一騎、引っ張るな」

「あ、ごめん」


くすりと笑って背中に張り付いた。驚いた総士は足を止める。後ろから総士を抱きしめると、より近くに匂いを感じる。背中から感じる体温に、ほっと息をつく。


「いきなり抱きつくな」

「だって、総士だなって思って」


身長は伸びているはずなのに、総士との高低差は埋まりそうもない。ぎゅっと抱きしめると、鼓動も近くなる。


「一騎?」

「少しだけ、このままじゃダメか?」

「……僕はこっちのほうがいい」


手を掴まれて総士は振り返った。一騎が少し見上げると、じっと顔が覗かれる。目を丸くさせると、ふっと総士が笑う。本来の色に戻った瞳が総士を映し出す。綺麗な顔が笑うと、それだけで顔が赤くなる。視線を逸らそうとすると、総士の手がそれを阻止する。両頬を挟まれると唇が重なった。
びくりと身体が跳ねて、一騎は総士の服を掴む。目を瞑ると余計に感覚が鋭くなるけれど、目は開けられない。ぎゅっと掴んだ服が皺を作る。歯列を割って入り込んできた総士の舌が、遠慮なしに一騎を絡め取る。ぼんやりと頭はしているはずなのに、感覚だけはよりはっきりとして一騎はふらふらと総士にもたれかかった。抱き寄せられてより身体が熱くなる。びくびくと震える身体にどうしたらいいのか分からなくなる。あまりの感覚についていけなくなって、一騎は思わず総士の髪を引っ張った。
ぴたりと総士がとまる感覚があって唇が離れる。肺が酸素を求めて呼吸が荒くなる。長距離を全力で走ったときよりも息苦しい。総士を見上げると、唇が濡れている。孤を描いたその唇が、一騎の名前を呼ぶ。


「いっ、いきなり……な、にっ、するんだッ!!」

「いきなり抱きついてくる一騎が悪い」


さも自分が正論だという顔に、一騎は口をへの字に曲げる。だらんと総士にもたれかかると、しっかりと抱きとめられた。


「だって、目の前にあったから……ダメなのか?」

「……だめ、じゃないが。何と言うか……僕意外には抱きつくなよ」

「なんだそれ。総士だからだよ」

「……ならいい」


目の前にいると、確かめずにはいられない。
だからこうして触れたくなる。

目よりも、手の平のほうが正直だから。





End


視力戻っても、一騎なら直感とかのほうが鋭そうだなと。

しかし、道端でこんなことやってたら、絶対島中に知れ渡りますよね。まあ公認されてそうだから問題はなさそうですが。
確実、溝口さんに覗かれてそうだな……

しかし、タイトルセンスないなぁ……誰か考えてくれ←←








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