蒼穹

□雨音
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じめじめとした季節。日本特有の気候ともいえる梅雨の季節がやって来た。




*雨音




しとしとと降る雨は、今日で三日目になる。いい加減、どんよりとした薄暗い空に嫌気が差してきた。教室の窓から見える空は、変わったフェストゥム―来主操の好きだといった色とは程遠い。そんなことを考えながら、一騎はぼんやりと窓側の席にいた。
放課後のこの時間は、本当なら校庭で部活をする生徒の声が聞こえているはずなのだがこの雨の所為でそれもない。聞こえるのは、ぽつぽつと窓ガラスにあたる雨音だけだった。今日は、楽園のバイトも休み。家に帰っても特にやることもなく、かといって家に帰ってもどうせ父はまだアルヴィスの仕事から帰って来ていないから独りになる。
独りが嫌いな訳ではなく、むしろ独りのほうが気が楽だったはず。なのに、どうも最近は独りになるのが苦手だった。何故そうなったのか、一騎自身でもよく分からない。目が見えなくなっていたとき、常に誰か傍にいたからなのだろうかとも考えたのだけれども、なんだか違う気がする。あの時は、むしろ独りでいることを好んでいた気がする。だったら、その前はどうだっただろうかと考えると、やっぱり独りが苦手じゃなかった。


「なんでなんだろう……」


総士のように自分の考えが上手くまとめられたら良かったのにと、一騎は総士の顔を思い浮かべる。そもそも、こんなに考え込んでいるのはある意味この状況を作り込んだ総士の所為でもある。
今日は珍しく朝のうちだけ晴れていた。だけれども、予報では昼からまた雨が降ってくるとニュースが伝えていた。梅雨の時期に入った竜宮島は時期が終わるまで雨が続く。そのため島民の大半は傘を持って家を出る。一騎もそれにしたがって、折り畳み傘をカバンに入れて家を出た。予報どおり、昼を少し過ぎた頃から雨が降り出し午後一の体育の授業は体育館へと変更になった。その体育館への移動中に、ぽそりと総士がこぼした一言が、そもそもの発端だった。


「雨だな」

「それがどうしたんだ?」

「……傘を忘れた」


きっちりとして抜け目ない総士にしては珍しいことだった。本人はそれほど気にしたこともなく口にしたのだろう。だけれども、知ってしまった以上そうかと放っておくことは出来ない。


「傘なら、俺が持ってるぞ。入るか?」

「別に必要ない。僕は風邪を引くこともないのだからな」


それは自分が人間ではないと言っていることと同じだった。あちら側から帰ってきた総士は、見た目は人間と同じだが身体を構成するものはまったく違う。フェストゥムが風邪を引くことはありえないと、そう一騎に告げる。自分を皮肉っているという訳ではなく、ただ状況をありのまま受け入れているだけだった。


「いいから! 分かったな、一人で帰るなよ!!」




一騎はそう言って、総士と約束した。生徒会の仕事があるらしい総士を待つことになって、一人で教室に残る事になって、だからこうしていろいろと考え込んでしまっている。
フェストゥムになって帰ってきた総士は、言われてもあまり実感はない。人間に限りなく近く見えるようにしているらしいけれど。あの二年間、個を保ち続けていた。それも独りで。それを想像すると、たまらなく恐怖が押し寄せてくる。


「俺は耐えられるのか?」


こうして独りでいることが苦手だとそう自覚してから、それを想像すると耐えられる自身は限りなく0に近い。
雨音が強くなり、校庭の水溜りが広がっていく。飛び跳ねた雨水が引っ切り無しに地面を叩き付ける。湿度の増した教室は空気が重く感じられた。鈍色の空は、あの日の空を思い起こさせた。


「早く……って来いよ、総士」


ぺたりと触った窓は、予想以上に冷たく思わず手を引っ込めた。湿気でべたついた机に顔を伏せる。雨音はそのくらいでは消えることはない。まして、二年間耳に頼ってきた分、人より敏感になっている。
不安定な気持ちの理由が分からず、さらに不安定さが増している。耳を塞いでいると少しだけ、気持ちが安定する。遠くの方で聞こえているような感覚の雨音は、一枚隔てた違う場所にいる気がした。


「……、き……った」


やがて肩が揺さぶられる感覚に、一騎の意識が浮上した。顔を上げると、すぐ近くに総士の顔がある。思わず手を伸ばして確かめると、低めの体温を感じた。変わらないその温度にほっと胸を撫で下ろす。


「すまない、遅くなった」

「……っ」

「…一騎、どこか具合でも悪いのか?」


ぺたりと額に総士の手が当てられる。総士よりも高めの体温は、いつもと変わらないはず。一騎はその手を取ると、ぐっと腕を引っ張るとがたんと机が音を立てた。そのまま抱きつくと、やっと心が落ち着くのが感じられる。


「一騎、どうした?」

「……おまえの所為だ」


総士に抱きついて、やっとすべて納得がいった。
独りが苦手になったのも、いろいろ考えてしまう原因も、元はといえば総士の所為だった。
ワケが分からないと、総士は一騎の腕を掴もうとする。びくんとその腕が反応するのを見て、総士は引き剥がすのをやめた。


「一騎、苦しいのだが」

「良いだろこのぐらい、お前の所為なんだから」

「……遅れたことは、謝るよ」

「違うよ、ばか総士」


あの二年間、意識してなかったにしろ一騎と総士はずっとクロッシングによって繋がっていた。その前は、戦時下と言うこともあって、ファフナーを通じて。常に、すぐ傍に総士を感じることが出来ていた。


「だったら何だ?」


ふつふつと自覚して、一気に熱が顔に集中した。顔が赤くなっている事が一騎自身よく分かる。抱きついたまま、一騎は顔を胸元に埋めた。
よく分からないと、総士のため息が聞こえる。ぽんぽんと背中を叩かれるが、今は離れたくなかった。この顔を見られたくないからと、自分でいいわけして。


「……言えるわけないじゃないか」


もし、立場が違っていたとしても繋がっている事が分かれば必ず耐えられるのだろうな。少し前の自分の考えをきっぱりと訂正する。
どくどくと必要以上に早くなった鼓動の所為で、雨音はかき消されていた。



End


もうすぐ梅雨なので季節感を出してみました。
総士が一騎にとって安定剤なのは公式⇒長期クロッシングで常に傍になったのが突然消える⇒心不安定な一騎 的な感じです。









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