蒼穹

□無意識の恐ろしさ
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忍耐強さが、全てにおいて通用するとは限らない。
これでも一応、お年頃なのだ。



*無意識の恐ろしさ




うだる様な暑さ。日本特有のジメジメとした湿度のある夏の時期がやって来た。しかも、今年の夏は去年に比べて気温も高い。夜になって日が落ちても、昼間に温められた空気はそう簡単に涼しくならず、ここ最近熱帯夜が続いていた。


「……おまえ、また来たのか」

「だって、しょうがないだろ? 俺の部屋エアコン付いてないんだ」


熱帯夜が続くようになった時から、総士の部屋に押しかけるのが一騎の日課になっていた。
アルヴィスの施設の中にある総士の部屋には、もちろん空調設備が整っている。それこそ、寒さ暑さに関係なく、一定の温度と湿度が保たれているアルヴィスの中は日本の四季などまったく関係ない。


「これで、四日目だ」

「……だめか?」


わざわざ枕を持参している一騎は、腕に枕を抱えながら総士を見た。ちらりと見上げられた総士は、うっと返答に困った。仮にも恋人同士の間柄のはずなのに、ただとなりで寝ているだけというこの状況が続いているのだ。それこそ、まったく意識されていないのか、本当にただ涼を求めて、誰でも良いから涼しいところで寝たいからなのか分からない。一騎の場合、両方みごとに当てはまりそうな予感がする。


「……分かった。入れ」

「ありがとな。総士!」


だが、お願いを断れるはずもなく今夜も総士は、一騎を部屋へ招いたのだった。
枕をベッドに置いた一騎は、そのままそこへ腰掛けた。外から入ってきた一騎は、その涼しさに大きく伸びをする。


「総士はまだ寝ないのか?」

「僕はまだ仕事が残っている」


総士はかたかたとキーボートを叩く。本当は、それほど急ぎの仕事ではないのだけれども、余計な事を考えてしまわないようにと、ここ最近遅くまでこうして時間を潰している。


「大変なんだなぁ」


お前の所為でな。総士は心の中でそう呟いて、ため息を付いた。
かたかたとキーボードを打つ音だけが部屋の中に響く。だが、やはりどこか仕事に集中できず、意識が一騎のほうへいってしまう。一騎が寝られるようにと、部屋の中を暗くしたのだが、一騎はまだベッドに座ったままだった。


「寝ないのか?」

「寝たいけど、汗が中々引かないんだよ」


ここまで来る間だけでもかなり汗をかいたらしい。中々引かない汗に、一騎はぱたぱたとTシャツの裾から風を送っている。ちらりと見え隠れする腹に、思わず目が行きかけて総士は、慌てて視線を逸らした。


「だったら、シャワーを使えばいいだろ?」

「え、いいのか?」

「遠慮は良いから行ってこい。バスタオルもちゃんとあるから」

「じゃあ、ついでに服借りて良いか?」

「……好きにしろ」


シャワールームに消えた一騎に、総士はしまったと顔を手で覆う。
一騎がシャワーを済まして寝てしまったとしても、一緒のベッドにもぐりこむのには変わりない。初日こそ、一騎は下で寝るから気にするなと言っていたのだが、余分な布団はここにあるはずもなく、結局同じベッドで寝ることになったのだ。もともと一人用のベッドに二人して寝ているのだから、距離は必然的に近くなる。
ただでさえ、この三日間、一騎が近くに寝ているだけで意識してしまっているのだ。それが、同じ石鹸の匂いしかも、自分の服を着て寝ている。そんな状況で、はたして冷静でいられるか。冷静でいられる自身は皆無に近い。


「……僕はどうしたらいいのだ」


今までのどのミッションよりも難易度は高い。フェストゥムとの戦闘においては、常に冷静で的確な戦略を立ててきたといえるのに、こと一騎に関しては、その冷静さも頭の回転もすべて上手くいった試しはない。
もういっそこのまま、ブレーキを取っ払ってしまおうかとも考えて、総士は首を振った。総士に対して、未だに負い目がある一騎は、きっと拒む事はない。それこそ、無理やりの行為だったとしても、一騎なら受け入れてしまうのだろうなと、そう思ってしまう。だからこそ、総士は一騎に手が出せない。


「総士。ありがとな」


総士の服を着た一騎がシャワー室から出てきた。それ程身長差はない為、違和感なく着ることはできる。ふつうのTシャツのはずなのに、惚れた欲目とは恐ろしい。ぽたぽたとまだ水が滴る黒い髪と、しっとりとした肌が露出する手足が目に眩しい。


「一騎、よく拭かないと風邪を引くだろ」


一騎の首に掛かっているバスタオルを取って、総士はその黒髪をがしがしと拭いた。妙な癖があるくせに、一騎の髪はさらさらとしている。最近になって知ったことの一つ。がしがしと拭いていると、タオルの隙間から一騎と視線があった。すぐに逸らそうとしても、これほど近くては逸らそうにも逸らせない。


「……ありがと」


タオルを掴む手と、一騎の手が触れる。水を浴びてきたはずなのに、その手は総士よりも温かい。思わず掴んでしまった手は離すことができなくなった。


「総士?」


一騎の腕を引っ張って抱き寄せる。ふんわりと香る石鹸とシャンプーの匂い。同じものを使ったはずなのに、近くで嗅ぐその香りはあまいものへと変化を遂げる。総士はそのまま一騎をベッドへ押し倒した。軋んだバネが音を立て、はっとなった総士は一騎の視線とぶつかった。まっすぐに総士を見る一騎は、普段と変わりなく見える。


「どうして抵抗しない?」

「抵抗、したほうが良いのか?」

「……少なくとも、その気がないならしたほうが良いだろうな」

「……じゃあ、抵抗しない……かな?」


かなってなんなんだ。
総士は一騎の上からどいて、となりにごろんと横になった。一騎は、首を傾げて総士のほうへ寝返りを打つ。


「あれ、違った?」

「……さあな。僕は寝る」

「え、総士寝るのか?」

「……じゃあ、続きするか?」

「……遠慮しとく」


ころんと一騎は壁際に寄った。少しだけ一騎との間に隙間ができる。
少しでも意識を持ったことを喜ぶべきなのか。総士は、背中をむいてしまった一騎を抱きしめた。びくりとその肩が揺れる。


「な、なんだよ」

「いや……嫌なら離すが?」

「……別に、嫌じゃない」


もう一度ころんと向かい合った一騎は、そのまま大人しく目を閉じた。総士のシャツの裾を少し握ったまま。
本当に、無意識とは恐ろしい。



End


初々しい感じで。ヘタレなのは総士のステータス。
一騎の嫁コレが配信されたらしいですね。ガラケーなので問題外なんですが……
ちくしょう羨ましっ!!




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