book4

□おなじ
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ふわりと漂った匂いに、どれだけ心がざわつくか。



*おなじ




久々に現場で同じになった元後輩。保志総一朗は、相変わらずぽわぽわとしていた。何年立っても、その容姿は可愛らしい。容姿もだが、まとう雰囲気が可愛らしいのだ。
事務所が別になってから、現場が被る事が少なくなって等しい。同じ作品に出ていても、お互いが忙しく、別録りになることが多かった。


「久し振り。保志くん」

「あ、森川さんだ!」


こちらの顔を見ると、にこりと笑ってとことことかけてくる。その仕草は子犬のようで、しっぽでも生えているのではないかと探してしまう。齢四十を過ぎたとは到底思えないのも、この子の魅力と言っても良い。


「今日は別録りじゃなかったんですね。僕、森川さんが出てること最近まで知らなかったですよ」

「まあ、僕はレギュラーじゃないからね」


ちょこんと隣に座って、保志くんは台本を取り出す。ちらりと見えた鞄の中は、大雑把な性格をそのまま反映するように、ごちゃごちゃとしている。けれど、台本には細かな書き込みがされていた。きっと家や、前の仕事の合間に書き込んでいるのだろう。
仕事モードに入った保志くんの集中力は、昔からスバ抜けている。一度役に入ってしまえば、周りも一瞬で引き寄せてしまえる。


「相変わらず。仕事は、真面目だね」

「は、ってなんでそこ強調するんですか」


じっと見ていたことに気付いた彼は、少し恥ずかしそうに顔を逸らす。台本で顔を隠されてしまった。


「褒めてるんだよ」

「褒められてる感じしない!」


いちいち突っかかってくるような子供っぽさも、相変わらずだった。
台本からはみ出ている黒い頭を、ぽんぽんと撫でる。保志くんは、台本で顔を隠したまま手が届かないところまで移動してしまう。


「あら、怒っちゃった?」

「違いますー。さすがにこの歳で頭ナデナデとかないと思って」

「……まあ、保志くんならありでしょ」

「なし! なしでしょ!?」


顔の前の台本をどけると、保志くんは口唇を尖らせていた。
そう言う仕草が、歳相応に見えないのだと何故自覚しないのだろう。だけれど、きっと彼は無意識のその仕草にまったく気付いていないのだろうなと自己完結させる。


「この前、41になったんです。もう大人の階段昇りきってますから。なんなら折り返してますよ!?」

「へー。それは失礼しました」


保志くんとの間をつめる。また逃げられるかと思ったけれど、保志くんは誰かからのメールに気を取られていた。
スマホの画面を見る彼の顔が、ぱっと破顔する。ふわりと嬉しそうな笑みを浮べると、大切そうにスマホを握った。


「石田くん?」

「え、なんで!?」

「いやあ。もうなんか……モロバレ」

「あいや、違う! 石田さんじゃない!!」


はははと笑うと、彼の顔がみるみる赤くなる。わたわたとスマホを鞄に突っ込むと、くるりと背を向けた。
保志くんが彼と出会うより前に、目をつけていたのは僕だったはず。それがいつの間にか、彼らは出会ってしまった。狭い業界の中、出会わない訳はないけれど、可愛い後輩をいつの間にか横から攫っていった。


「あ、そういえば今日のゲストって確か石田くんだったよね」


彼の名前に、ぴくりと背中が反応する。
彼らが仲良い、と言うよりそれ以上の関係だという事は随分前から知っている。もう彼らが付き合い出して十数年になるはずなのに、いまだに指摘される事が恥ずかしいらしい。
ざわつく心を押し込めて、丸まった背中をつんつんと突く。


「ひぃいい。ちょっと森川さん!!」

「おお、良い反応。おもしろいわー」

「くすっ、くすぐったいって!」

「キミが先輩に背中向けるからでしょー。ほら、こっち向きなさい」

「ちょぉおお!?」


わき腹を擽ると、溜まらず保志くんは声をあげた。
よく通る保志くんの声に、現場にいた人たちがこちらを振り返る。流石にやり過ぎたかと、手を止めようとしたところに、今さっき話題にした人物が現れた。


「楽しそうだね。というか、相変わらず元気だね保志くん」

「うわぁああ、石田さん!?」

「うわあって、失礼だな。ほら、後輩もびびってるでしょうが」


彼の言葉に、保志くんはあたりを見回すとあははと恥ずかしそうに笑う。保志くんを挟んで反対側に腰掛けると、にこりと笑う。いや、笑っているはずなのに、視線は冷ややか。まるで冷気でも発しているかのように、こちらに嫉妬を向けてくる。


「おお。怖いねー石田くん」

「え、何のこと?」

「ひぃいい、二人とも怖っ!? この席イヤ!!」


一瞬にして周りの空気が変わったことに、さすがの保志くんも気付いたらしい。逃げようとしたところを、石田くんは引き止める。


「なんで逃げるの保志くん。なんか、やましい事でもあった?」

「ないですよーまったくもってなんもないですよ!!」


掴んだ腕を引き寄せて、僕から遠ざけるように反対側へ座らせる。
にっこりと微笑んだままの彼の機嫌は、かなり悪くなっていた。ついこの間も、やらかした保志くんに制裁を加えたと、誰かからか聞いた。
いや、確かその発端は僕だった気もする。


「あんまり苛めちゃダメだよ。石田くん」

「森川くんに言われたくないね」

「あれ、この子の手首に縛った痕つけたのって、誰だったのかな?」


済ました顔をしている彼に近づくと、耳打ちする。
その言葉に目を丸くすると、ばつの悪そうな顔をする。掴んでいた腕を離すと、保志くんは首を傾げた。
結構かわいそうな仕打ちもされているはずなのに、この子はいまだに彼の隣にいる。
湧き上ってくる黒い感情を振り払うように、保志くんの頭を撫でた。


「隠してるつもりなら気をつけないとね」


もうそろそろ、本番も近い。
これ以上、心を騒がせると流石に仕事にも影響が出るかもしれない。
後輩の前で、失敗はしたくない。


「あ、そうだ。キミらさ、同じシャンプー使ってるだろ? 匂いが同じ。これじゃあ、誰だって気付くよ」


ぽかんとする二人に、思わず吹き出す。あははと笑うと、保志くんの顔が赤くなる。慌て出す保志くんに、はっと我に返った石田くんの顔も赤らんでいく。
滅多に見ることがないその表情に、少しだけ気が晴れていく。

気付いた時には既に奪われていて、こっちの入る隙などなくなっていた。奪ってしまおうかとも考えたけれど、傷つくだろうあの子の顔は見たくはない。


「好きな子苛めちゃダメだぞ」


だから、せめてこのぐらいの仕返しはさせてもらおう。
なんだかんだで、二人が一緒にいるのを見ているのはキライじゃない。





End


琴乃ちゃんのサイトと相互記念です。「石☆前提、森→保」とリクエスト頂きました。
が、石保以外の視点は初めてすぎて、今まで以上に誰だこれ感が……
ならなんで視点を森川さんにしたのかと。書いてから気付きました←
こんなお粗末過ぎるものになってしまいましたが、琴乃ちゃん如何でしょうか?
丸めて捨ててもらっても可。

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