7thB.V
□bonbon au chocolat
1ページ/1ページ
ふんわりと漂うあまい香り。
かしゃかしゃと生クリームをホイップして、ちょっとビターなチョコレートを加えた。
*bonbon au chocolat
「うん。おいしい」
チョコレート色になった生クリームを味見する。程よい甘さが口の中に広がって、レナはよしと頷いた。
キッチンに広がる甘い香りは、バレンタインの用意をしている所為だった。誰かのために何か作ること自体初めてで、なんだかとてもドキドキする。お菓子を作るのも久し振りで、上手く作れるだろうかと少し慎重だった。
「れなぁ?」
ふんふんと匂いを嗅ぎながら、影が入ってきた。レナと同じで甘い物が大好きな影は、匂いにつられてきたのだろう。赤い目がキラキラと輝いている。じっとレナの手元を見ていた影は、キッチンのシンクをつたって、ひょいとボールの中身を見つめた。立つ事がまだまだ苦手な影が、自分から立つことは珍しい。ふるふると震えながら、懸命に立っていた。
「はい、ごほうびね」
チョコ生クリームを指で掬って、影に差し出す。ふんふんと匂いを嗅いだ影は、ぺろりと指を舐めた。赤い目がまん丸になって、きゃあと笑う。影はぱくんとレナの指を加える。長い舌が指に絡んで、くすぐったい。
「きゃっ!? もう……私はまだ作るものがあるのよ。だから、もう少し待っててね」
「あうぅ……」
指をひっこぬくと、影はとても残念そうな顔をした。だけれども、まだ準備がのこっている。湯銭にかけていたチョコを生地に加えて、チョコのクッキーを作らなければいけない。生地はもう出来ているから、あとはチョコとナッツを加えるだけ。
レナに構ってもらえなくなった影は、不満そうに頬を膨らませている。立つのに疲れてぺたんと座り込んだ。
「ふふ。あとで手伝ってね」
影は不思議そうに首を傾げた。
チョコとナッツを加えた生地をさっくりと混ぜ合わせると、テーブルの上に生地の入ったボールを置く。影を手招きして、椅子に座らせた。
「あのね、この生地をこのくらいの大きさにして欲しいの」
生地をスプーンで掬って、オーブンの鉄板の上に置いてく。レナの様子を見ていた影は、ぎこちない手つきで、スプーンで生地を掬った。眉間に皺を寄せて作業する影に、レナはくすりと笑みを浮べる。
ずっと一人っ子で、リズといる時にも妹のようだった。だから、こうして教えながら一緒にやることがとても楽しいのだ。きっと、妹がいたらこんな感じなんだろうなと思うと、影が可愛くて仕方なくなってくる。
「あうぅぅ…れなぁ」
「そうそう、上手ね」
レナに比べると少しいびつなクッキーになりそうだけれども、一生懸命な姿がとても可愛らしい。ハニーブラウンの髪を撫でると、影はきゃあと嬉しそうに笑った。二人ですべての生地を並べ終えて、温めていたオーブンの中に入れる。後は、焼きあがるのを待つだけ。
「さあ、あともう一つね」
待っている間に、ボンボンショコラを作る。ガナッシュとミルクチョコにビダーチョコ、アーモンドチョコにラムレーズン入りのチョコ。いらんなものを詰め合わせたら、きっと喜んでくれるに違いない。
三種類のチョコレートの入ったボールを並べて、レナはよしと気合を入れた。
影はレナの様子をじっと見ている。オーブンからクッキーのにおいが広がり始めた。ふんふんと影はにおいを辿っている。早く早くと言っているようで、レナはクスリと笑った。
たっぷりと生クリームを加えたチョコを、手で丸めてお皿に並べていく。ころんとした形のガナッシュが出来上がっていく。
もう一つのボールは、ビターチョコ。一口サイズの紙の器にそれを流し込んでいく。
「じゃあ、あなたはこの中にレーズンを入れていってね」
影はレナの言われたとおりに、ちょんちょんとレーズンを入れていく。
あと一つはミルクチョコレート。レナは同じように器に移していってアーモンドを入れていった。
「れなー、れなぁ」
「あら、もうできたの?」
意外に手先の器用な影は、すべて終わってしまったとレナの袖を引っ張った。その様子は褒めて褒めてと言っているように見えて、よしよしと影の頭を撫でる。嬉しそうに笑う影がぎゅうと抱きつこうとした。
「あ、ダメよ!! チョコがこぼれちゃうわ」
「うー…れなぁ!!」
影は不満そうだけれども、せっかく作ったチョコが台無しになってしまうのは悲しい。すべて出来上がったチョコを持って、レナはそっと冷蔵庫の中に入れた。
「はあ、おわったぁ」
知らない間に肩に力が入っていたようで、レナはんーと伸びをした。後は、片付けをするだけとテーブルの上を見て、レナは目を丸くした。
ボールに残っていたチョコをぺろぺろと舐める影が、レナを見てにこりと笑っている。口の周りには、べったりとチョコが付いていた。
「れーなぁ!!」
「きゃあ!?」
ボールを持ったまま飛びついてきた影に、レナは尻餅を付いた。飛びついた拍子に上に乗っていたボールまでひっくり返ってきて、二人の上に落ちてくる。
ぽかんとレナは影を見た。ハニーブラウンの髪がチョコレート色に染まる。白い頬に付いたチョコがたらりと垂れた。
「きゃはは、れなぁあ!!」
ぎゅうと抱きついた影が、頬に付いたチョコを舐める。ハッと我に返ったレナが影のほうを見ると、影も同じようにチョコレートまみれになっていた。べたべたになった髪からもチョコレートが垂れてくる。
「やぁ、ちょっと! くすぐったいよぉ」
「れなぁ、れーなあ!!」
影は舐めるのをやめようとしない。赤い舌がぺろぺろとチョコを舐めていく。くすぐったくて身を捩るが、抱きついた影は離れてくれない。
「やーだってばぁ!!」
「やあ!! れな、れなぁ」
「ちょ、ねえちゃんたち何やってんのさ!?」
がたんという音を聞いて飛んできたフレディは、二人の様子に目を丸くする。心なしか顔が赤くなっているような気がした。
「フレディ、助けてぇ」
「やあ、れな!!」
「や、じゃないのー! はーなーれーてぇええ」
「やぁーあぁああ!!」
レナが引き離そうとすると、ますます影はぎゅうとレナにくっ付いてしまう。服までチョコレートまみれになった二人が抱きついたままという光景は、様々な経験をしてきたフレディも始めての光景だった。
ぎゅうと抱きついた影は、レナの首筋に付いたチョコをぺろんと舐める。首筋に顔を埋めるその様子に、フレディは目を逸らした。いくら大人ぶっても12歳には少し刺激が過ぎるようだった。
「きゃっ!? ひゃんッ……やぁっ!!」
「んー、れなぁ……」
「いい加減にしなさい」
「ぎゃあ!? 」
べりっと影が引き剥がされた。ばたばたと手足をばたつかせる影を、片手で摘んだアーウィンの姿に、レナはうるんだ瞳を向けた。
「ありがとぉ、アーウィン」
「まったく……あなた達は、何をやっているのですか」
「やーあ! ゔぅぅぅ!?」
暴れた影は、アーウィンの手から逃れるとぎゅうとレナに抱きついた。抱きついて、威嚇するように唸る。アーウィンは、はあと息を付いた。チョコまみれの二人が動くたびに、キッチンがチョコまみれになっている。もう既に乾いてしまったチョコもある。
「二人とも、早くお風呂で洗ってきなさい!!」
二人してお風呂場に放り込まれてしまった。
鏡の前に立って、改めて自分の姿を見る。服も髪もかなりチョコが付いていた。
「もう、あなたの所為で怒られちゃったわ」
「うぅ……れなぁ…」
同じように影にもかなりチョコが付いている。特に服にたくさん付いてしまっていて、洗濯でも落ちるかどうか分からない。
怒っている雰囲気が伝わったのか、影はしゅんとしていた。レナはその様子に、悪戯っ子の笑みを浮べると、ぺろんと影の頬を舐めた。
「お返しよ」
「きゃあ、れなっ!!」
きゅっと影は抱きついた。
ふわりと香るチョコレートのにおい。
ぺろりと舐めたチョコの味は甘いミルクチョコレートだった。
「なに、顔を赤らめているんです?」
「うぅ…だって、あんな、あんなぁあああ!!」
わあと頭を抱えたフレディは、耳まで真っ赤になっていた。
これは、良いものを見たとアーウィンはニヤリと笑うのだった。
end
レナレナチョコまみれ。友人リクです。
相変わらずのレナレナですが……こんなんでいいですかねぇ?
書いてる方はむっちゃ楽しいです←←
なんとか、バレンタインに間に合いましたねぇ……
……あ、あれ? これっとバレンタインなのか……はい、気にしない←←←
そういえば、オーブンのクッキーすっかり忘れ去られてますけど……きっと美味しくできたと思います!!
ちなみに……ボンボンショコラとは、一口サイズのチョコのことです。ボンボン オ ショコラとも言います。
bonbon au chocolat……フランス語で「ボンボン オ ショコラ」です。