7thB.V

□灰色の空
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じめじめとした梅雨の季節がやって来た。今日も朝からずっと雨が降り続いている。
どんよりとした空は、気持ちまでもどんよりとしてしまう。亜莉子は窓の外を見ながら、ため息を付いた。



*灰色の空




今日は、亜莉子以外みんな用事で出かけてしまっている。晴れていたら、どこかに出かける気分にもなれたのだが、この雨では出かける気も起こらない。


「暇だわ……」


ごろんとベッドの上に寝転んで、雑誌を広げて見たが、一度見てしまっている所為で面白くはない。ぱらぱらとページだけを捲っていって、ぱたんと雑誌を閉じた。
夏に向けた特集、最新水着のコレクションのページに目を引かれて買った雑誌。せっかくなら、夏休みに海やプールに行きたいなと思ったのだが、誰を誘ったらいいのか分からない。歪みの国の住人と一緒に行けたら楽しそうなのになと、そう思った。だけど、やっぱりそれは無理なんだろうなと、少し寂しくなる。
歪みの国の住人は、紛れもなく存在しているけれど、亜莉子にしか見えない。普段は違う何かに存在を変えているだけなのに、みんなは気付いていないだけ。


「女王様なら、可愛いピンクの水着とか似合いそう。雪乃なら……青かな?」


ネムリンと帽子屋はやっぱり夏でも、熱い紅茶を飲んでいるのだろうか。その横で、ビルが暑さにやられていたら面白いのに。
想像したら、やっぱり彼らに会いたくなった。いつも、やたらと亜莉子の傍にいるチェシャ猫も、今日はいない。気まぐれで、いかにも猫らしい彼がふらりとどこかへ行くのは日常茶飯事だけれども。


「こういう時ぐらい、いてくれたらいいのに」


どんよりとした空と同じような色の猫。いつもにんまりと笑っていて、感情は分かり難い。だけれども、最近はなんとなく分かるようになってきた。もしかしたら、一番彼が分かりやすいのかもしれない。神出鬼没で突然現れたりするけれど、傍にいるときはいつも亜莉子にべったり張り付いてくる。


「なのに、なんでいないのよバカ」


チェシャ猫には、猫なりの何かがあるのかもしれない。歪みの国にもいろいろあるのだろう、と半ば強引に自分を納得させる。


「来ないなら、その暑苦しいローブひん剥いて、丸洗いしてやる!」

「それは、困るよアリス」


ぎしりとベッドのスプリングが軋んで傾いた。視界の端に灰色が写ったかと思うと、目の前ににんまり顔が現れる。あまりに突然で、思わず叫びそうになったけれど、ぴたりと冷たい指が唇に押し付けられて、叫び声は喉奥に引っ込む。少しだけ濡れた指と、にんまりした顔が困っている。


「猫は水が苦手なんだよ」


よく見ると灰色のローブも所々濡れている。外から帰ってきたにしては濡れていないが、それでも猫にとっては宜しくないらしい。いつもよりも不機嫌そうな顔で、濡れたローブを舐める。


「あなたどこ行ってたの?」

「女王様に呼ばれていたんだよ」


よしよしと小さい子にするみたいに亜莉子の頭をチェシャ猫は撫でた。湿気でふわふわした髪が、櫛で梳かれるみたいに落ち着いていく。猫は毛づくろいが得意らしいが、どうやらこの猫も同じらしい。亜莉子よりも少し大きくて、長い指が長い髪を撫でる。亜莉子が小さかったときも、こうして貰っていた記憶が少しだけ残っている。


「アリスが寂しがっているから、帰ってきたよ」

「寂しいなんて、言ってないもん」

「そうなのかい?」


ぴたりと止まった手が、するりと頬を撫でた。こてんと首を傾げたにんまり顔が、ぐんと近づいてきて亜莉子の目元をぺろりと舐める。


「本当だね。泣いてない」

「な、なにするのよ!?」

「アリスは寂しいと泣いていたよ?」

「それは、昔の事でしょ!!」


すぐ傍にあるにんまり顔を押しのける。少しだけ亜莉子の顔が赤くなる。ぷくりと膨れた頬を、チェシャ猫はつついた。昔と変わらないクセを懐かしむように、くすりとにんまり顔が笑う。
むくれた亜莉子はころんと寝返りを打って、チェシャ猫に背を向けた。傍にあったクッションに手を伸ばして、亜莉子は丸まってしまう。


「アリス、どうしたんだい?」

「なんでもない」

「眠いのかい?」

「ちがうわよ」


うーんとチェシャ猫が何かを考えている気配がする。別に眠くはなかったけれど、こうしてクッションを抱えていると本当に眠くなってくるような気がする。


「アリス、お昼寝しようね」

「もう、私はもう子供じゃないんだからね」

「うん、そうだねアリス」


分かっているのかいないのか、さっぱり分からない。やっぱり、この猫のことは半分ぐらい分からない。チェシャ猫は、亜莉子を後ろから抱きしめる。よしよしと頭を撫でられると、やっぱりほっとした。
抱きしめていたクッションを離して、ころんともう一度寝返りを打つ。クッションよりも落ち着く、けもののような匂いがする。灰色のローブを掴んで、無意識に擦り寄った。ごろごろと猫のように喉が鳴る。灰色の背中に手を回すと、チェシャ猫はさらさらと亜莉子の髪を撫でた。


「おやすみアリス。起きたらまた遊ぼうね」


やがて、すやすやと穏やかな寝息が聞こえ始めた。すると、ひょこりとどこからか出てきた、ふわふわレースのドレスの女の子はアリスの寝顔を見ながらくすりと笑う。もうひとり、トカゲのようなひょろりとした男は、アリスにくっついている猫を引き剥がそうとしていた。


「アリスが水遊びをしたいのだったら、是非やりましょう!」

「みずさんも喜びますね、陛下」

「さあ、そうと決まれば、ビル、これから準備よ!!」

「きみたち、うるさい。出て行け」





End


シルバラさんのサイトが1周年記念ということで、お祝いの猫アリです。日ごろ、ツイッターで絡ませていただいているシルバラさんですから、気合を入れて……入れたら空回り←
ほのぼの猫アリです。みゆさんが水着がどうのと言っていたので、なんだかそんな話にしてみました。シルバラさんのみ、こんなものでよければお持ち帰りどうぞ☆
誤字脱字は通常装備でございます←









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