空に知られぬ雪

□壱
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第一章『風花』 壱



先日、元服を済ませた藤原泰衡は父、秀衡と共に束稲山に来ていた。
何かと部屋に引きこもりがちな息子を狩りに行くという名目で外に引きずり出したのだった。

「雪景色の平泉もいいものじゃのぉ。なぁ小次郎」

馬上の秀衡は豪快に笑う。崖の上から見渡す白銀の景色は最高であった。

「そうですね。…しかし、なにも冬に狩りに出ることはないでしょう」

泰衡は父の隣にくつばみを並べる。すると馬は大きく嘶いた。

「しかも、私はもう小次郎ではありませぬ。元服したのですから…」

「そうであったな、泰衡。この美しい平泉を守っていこうぞ」

「はい」

そう答えた直後、崖の下で何かが動いたような気がした。
泰衡は馬から降りると、崖の側まで行く。

「どうした?」

「いや、先ほど何か下で動いたような…」
(そんなはずはない。こんな冬の山に人など…)

ここでは真下がよく見えない。さらによく見ようと、足を前に出す。
すると…
−ガラッ

「―っ!」
「泰衡!!」

雪に崖の端が隠れてよく見えなかったらしい。
泰衡を支えきれなかった雪は崖下へ滑り落ちる。
彼を道連れに…。








泰衡が目を開けると、蒼一色であった。近くには切り立った崖が見える。
そこでやっと自分が仰向けに倒れて空を見上げている事に気づく。

(俺は…崖から落ちたのではなかったのか?)

いくら下は雪で覆われているからと言っても、あの高さから落ちて無事であるはずがない。
しかし、体に痛みはない。
思考回路がはっきりとしてくると。自分は雪の上に倒れているのではないと気がついた。なぜか下がほのかにあたたかいし、堅さも雪のそれではなかった。

「なっ!」

上半身を起こし、ふと自分の下を見ると、自分と同じくらいかもしくは下の子どもが気を失って倒れていた。



いつの間にか、雲一つ無い青々とした空から雪がはらはらと舞い降りていた。




これが藤原泰衡と蘇芳の出会いである。




 

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