包帯かづき
□君の名を呼ぶ
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――――会いたい。
「あぁー暇」
タソガレドキ城忍組頭の部屋の前の縁側。
そこに腰掛け、黎明は本日6回目の台詞を叫びながら仰向けに倒れる。
かすかに頬をかすめる風は暖かな春の陽気。うとうとと昼寝をしてしまいたくなる。
しかし、睡魔に引きずり込まれる寸前、縁側の廊下伝いに人の歩く気配がした。バッと体を起こすと角から現れたのは―
「なんだ、尊奈門か…」
「『なんだ』はヒドくないですか、若」
黎明よりひとつ若い彼はちょっとむくれた様に言う。
「気配が消せてないぞ、尊奈門。素人の俺に覚られるとはまだまだ未熟だねぇ」
そう、『彼』はこんな風に気配を露わにしない。いつも音になく現れ、音になく消える。
忍者なのだから当たり前だと思うが、『彼』の場合は例え城内であろうとなかろうとそれは変わらない。
さすがタソガレドキ城の忍のトップにいるだけのことはある。
「素人って…若は組頭から忍術習ってるじゃないですか!」
「つっても、まだ習い始めて1年だぜ?」
「若の覚えが良すぎるんです!!」
そうかな〜とあまり自覚なさそうに呟く。
「あまり尊奈門をいじめないでやって下さいよ、若」
そう言って現れたのは小頭の山本陣内だった。
「ほ〜ら見たか?尊奈門。陣内さんの気配感じなかっただろ?やっぱり、ベテランは違うねぇ」
さらに追い討ちをかけるように言い放つと、流石に尊奈門も自信を無くしたらしく、陣内に泣きついた。
「小頭ぁ〜!どうにかして下さいよぉ。アレ絶対、組頭が居なくてイライラしてるからって、僕でストレス発散してますよね」
泣きつかれた陣内だが、尊奈門が気配を常に消せていないのも事実なので、何とも言えない。
けれど、組頭である昆奈門が居ないせいでストレスが溜まり、尊奈門でそれを発散していると言うのはあながち間違いではないとも思う。
実際、黎明は昆奈門が任務に出てから5日間、
毎日の様に昆奈門の部屋に通い、暇だとグチりながら何もせずに帰るという日々が続いていた。
「若、組頭が戻るのには後3日ほどかかりますよ」
「…なんでそこで昆奈門が出てくるんだよ。後1週間はいなくていいね」
想いとは全く逆の言葉。強がりだと自分でも分かってはいるものの、誰かに弱みを見せることが苦手でどうにも本音を漏らせない。
例え言ったとしても、それで彼の帰りが早まる訳でもないし、寧ろ仕事の邪魔にはなりたくない。
―――――――――会いたい。
それでも、人間の三大欲のようにどうにもこの気持ちは止められない。人は欲求が満たされないとかわりに何か違うものでそれを補おうとする生き物だ。
「そうだ!陣内さん、俺の相手してくれよ!」
尊奈門じゃつまらないから。と付け加えるとまた、陣内に泣きつく。
「嫌ですよ。結果は見えてますから。
もうウチじゃあ組頭くらいしか若の相手は出来ません」
そう言われるとちぇっ、と拗ねたようにしてまた縁側に寝転がる。
「ちぇっ…暇だぁぁ――
『なんで?』ぬわぁっ!!」
縁側兼廊下の天井しか映っていなかった視界いっぱいに、突然ぬっと包帯と片目だけの顔が映り込んだ。
「昆奈門!気配を消していきなり現れるな!!」
慌てて起き上がった黎明の顔はほのかに赤い。
「だって忍だしぃ〜」
と言う視線はしっかりと尊奈門に向けられている。
尊奈門はアレ絶対、話きいてましたよねぇと小頭に泣きつく。本日三回目。
いい加減鬱陶しい。
「ねぇ、なんで暇なの?」
先程の質問を繰り返される。今度はじっと黎明を見つめる。
まるで心まで見透かされているようなそんな居心地の悪さだ。
“昆奈門がいなかったから”むしろ“昆奈門に会えなくて寂しかった”なんてプライドの高い黎明が認めるのさえ不愉快であるのに言えるはずもない。
「暇じゃない!用事を思い出した!今日は遠乗りに行く予定だったんだ!!」
そう言い放つとスタスタと廊下を歩いていってしまった。
その後ろ姿を楽しそうに僅かに目を細めて見送っている上司を見て、陣内はそっとため息をついた。
「組頭、じつははじめから居たんでしょう?」
「はじめっていつから?」
とぼけると言うことは答えは是。
「5日で終わるような任務では無かったはずですが?」
こうなると何度問いつめても白を切るのは目に見えていたので、陣内は話題を変えることにした。
「そうなんだけどねぇ、小頭からあんな報告を受けたら早く帰りたくもなるでしょ?」
報告―――昆奈門はタソガレドキ城忍組頭であり、後継者である黎明の護衛役も担っていた。
彼が他の任務などで不在の時は代わりに陣内がその役を務め、黎明の様子を報告する事になっていた。
【組頭がいなくて若が寂しそうにしている】
そんな報告を受けたのがほんの2日前。
それからまさに鬼の速さで仕事をこなしたのだった。
しかも無意識に…。
「…愛は最強だねぇ」
「何訳の分からないことを言ってるんですか!
組頭がいきなり現れるから、若怒って行っちゃったじゃないですか」
状況を把握できていない尊奈門があわてた様子で言う。
「それじゃあ、姫のご機嫌とりに行ってくるよ」
そう言って音も立てずに消えたのを、2人の部下は黙って見送った。
《まさか、姫があんな顔するなんてねぇ…》
確かに、昆奈門ははじめからいた。しかし、それは“会話”のはじめではない。
彼は“今日”のはじめから黎明を見ていた。
今日の明け方、仕事を終えて自室に戻ってみると自分の仕事机に突っ伏している黎明を発見した。
気付かれないように気配を消しているとふと思い出したようにあげたその顔がなんと哀愁に満ちた表情であったことか。
いつも太陽のように笑っている彼女がこんな顔をするのは珍しい。しかも、どこか色っぽかった。
極めつけに、時折つかれるため息の後に、自分の名前が呼ばれたのだからたまらない。昆奈門は今日一日、黎明を観察する事に決めたのだった。