包帯かづき

□第弐話
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  ―ダダダダダッ




  タソガレドキ城内に響き渡る足音。それは一つの場所に留まることを知らない。





  「若様!先ほどからその様に走り回られて、どうなさいました?」
  

  黎明にとって数少ない心を許せる世話役の阿古が見かねて声を掛ける。

  背にその声を受けて廊下を引き返してきた。肩で息をしている所から随分と長い間走り回っていることが見て取れる。


  「阿古!包帯でぐるぐる巻きの忍を見なかったか?!」





  昨日の一件の後、目を覚ますとあの忍びの気配は何処にもなかった。
  まだ話したいことが沢山あるのに。謝罪も言ってないし、名前さえ聞いていない。

  他の仕事があるのだろうかと思い、昼まで待ってみたが一向に現れる気配はない。

  待ちきれなくなった黎明は探しに出ることにしたのだった。




 
  「まぁ、恐ろしい…包帯でぐるぐる巻きだなんて。

  その様な者、一目見ただけで覚えていますとも。
  私は見ておりませんが…」


  「そうか!ならいい。引きとめて悪かったな」


  そう言って踵を返すと再び走り去って行った。

















  「そもそも、忍がそう易々と姿を現していいものでしょうか…?」
  

  つぶやかれた言葉は誰が聞く事もなく、虚空に消える。

















  黎明は城の中を探すのを諦め、建物の外を走り回っていた。


  「くそっ、何処にいんだよ…」


  いくら夜が忍のゴールデンタイムとは言え、時はすでに昼下がり。
  昨日の夜に任務があったとしてもそろそろ起きていてもいい頃だろう。
  しかし見つからない。


  「しょうがない、最終手段を使うか…」







  向かった先は昨日、昆奈門と出会った場所。
  同じように木を登る。


  しかし、今回の目的は城を抜け出すためではない。
               


  黎明は木から城壁に飛び移る。と、城に背を向けたまま後ろ向きに倒れた。
  重力に逆らわず、黎明の体は地面に吸い寄せられる。足が城壁から離れた。








  ―――――ズザァァァァ








  地面に打ち付けられるはずだった衝撃はない。
  その代わり黎明の頭を守るようにしっかりと抱えた昆奈門の体が、黎明と地面の間にあった。



               



  「…まったく、君は本当に何がしたいの?」




  どうやら地面に落ちる寸前に昆奈門が再びスライディングキャッチで受け止めたらしい。


  「任務から帰ってみれば、また城壁上ってるわ、落ちるわ……

  そろそろワタシも三十路なんだから」


  いたわってよ。そう言いながら黎明を立たせて、何処にも怪我がないか確認する。


               









  「…嫌われたかと、思った…」


  いくら待っても、いくら探しても見つからなかったから。





  タソガレドキの跡取りと聞いて近付いてくるものは数多。
  しかし、本人に継ぐ意思がないことや自由本舗なその姿を見ると大抵の者が呆れ、失意のうちに離れていく。



  「なんで?」


  「だって、昨日怪我させたし…。ごめん…」


  「あんなの怪我のうちに入らないよ。それに、わたしは君を嫌いになんかならない」


  「そんなのわからないじゃないか!」




  口先だけの約束なんていくらでも出来る。雲行きが悪くなったらみんな都合よく忘れるんだ。
  これまで、幾度となく裏切られてきた。もう、信じて、裏切られて、傷つくのは御免だ。









  「主と従者は絶対の信頼で結ばれていなくてはならない。
  主が従者を信用する限り、従者も絶対に主を裏切らない。

  ワタシは君を絶対に裏切らない。いつでも君の味方だよ」



  裏切らない。はっきりとそう言いきるこの男を信じてもいいのだろうか。
  この男は本当に裏切らないだろうか。自分の我儘に嫌気がさして離れて行かないだろうか…。



  様々な考えが巡る。



  それでも、信じてみてもいい気がした。

  昨日の夜、目の前の忍は自分を護ると言った。
  それが本当なのか確かめる意味も込めて、城壁からわざと落ちた。


  忍は今回もちゃんと受け止めてくれた。だから、こちらも信用してみようと思う。





  「…わかった、お前を信用する。俺も、いつでもお前の味方だ」


  それを聞くと忍は少し微笑んだように目を細めた。






















  「そうだ!名前!!」



  部屋への帰り道、黎明は思い出したように叫んだ。


  「名前をまだ聞いてなかった。何ていうんだ?」


  「そう言えばそうだね。ワタシは雑渡昆奈門だ」


  「なんだそれ。変な名前」


  そう言って、黎明は笑う。
  昆奈門は会ってから初めてこの子の笑う顔を見た気がした。


  「…やっぱり、君は笑っていた方がいい」



  「ん?なんか言ったか?」

               
  「いいや、と言うか人の名前を笑わないでくれるかい」


  「いいじゃないか、減るものじゃないし」


  「減るんだよ。私の心の中の大事な何かが」



  そう言うとまた無邪気に君は笑う。





 

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