八百万の花

□矢の如しA
1ページ/2ページ

『矢の如しA』



社の中に風が吹きこんできて、扉が開けられたことに気づく。
「まさか俺が言ったことを気にして、引きこもってるわけじゃないよな?」
「一竜……」
乱暴な物言いをする青年はかつての面影を残しながらも、たくましく成長していた。
(早い。本当に成長が早い)
“俺らの呪いが解けないんなら、せめてしっかり街を守れよ!”
そう言われたのはついこの間のことであると思っていたが、その成長の早さを改めて感じる。
「ご立派に成長しただろ?今や当主様だぜ」
「え?」
この一族は、前当主が亡くなる時に家督が譲られる。
(じゃあ、前の当主は……一花は……)
「母は逝ったよ」
認めたくなかった事実を一竜は淡々と告げた。
「これ、今回の供物な」
差し出された簪には見覚えがあった。
『おもち、好きですね』
『消えものだからね。後腐れがなくていい』
『なんと』
軽口を叩いた僕に驚くふりをして笑った彼女の頭で揺れていた、あの日、僕が与えた簪――。
「母さんは、大事にして、いつも身に着けていたよ」
「うん……」
「あんたがもちを好きだってことは聞いてる。でも別に俺はアンタが好きでもないから、ご機嫌を窺うようなことはしない」
そう言って一竜は身を翻し、さっそうと空気を切り裂いて行った。
「……この前、一花がくれた餅がまだ腹にたまってるから、いいよ……」
一竜に聞こえないように、独りごちる。

僕らと君たちの時の流れは圧倒的に違う。

それでも

だからこそ
この光は僕の中で生き続ける。
■終■
→NEXT:作品小話
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ