桜の花

□欲
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『欲』



――思えばあの頃から俺っちは、


男の震える手、響く怒号、銅に刺さる感覚、そのすべてを身体に残しながら薬研は目を覚ました。
頭が重い――この本丸に来て人間の身体というものを手に入れて、初めての身体の変調に薬研は戸惑いながらなんとか息を整える。
3か月程過ごした屋敷の廊下はいつもと変りない。
庭に咲く百合の花、池の鯉――しかし、薬研はそんな光景に眩暈を覚える。太陽の光も今日の薬研にとってはただ眩しい。
「薬研」
そんな薬研の背に声を掛けるものがあった。
振り返ると薬研と同じくらいの背たけの少女が立っている。
「大将か」
振り返らずとも薬研には声の主がこの少女――審神者――であることは分かっていた。
(なんてたってこの本丸に女は大将しかいないからな)
薬研は身体の向きを変えるだけでも辛かったが、普段通りの振る舞いを審神者に見せなければならなかった。
(今日は第一部隊での出撃予定が――)
「顔色が悪いね。編成を組み直すよ」
しかし少女には薬研のそんな強がりも通用しないようで、薬研の顔を見た瞬間に休むようにと伝えてくる。
“この、なまくらめ”
今朝の夢に出てきた怒声が脳裏から離れない。
薬研藤四郎――その名の由来は自害を試みた主人・畠山政長の腹を決して斬らず、傍らにあった薬研を貫いた逸話から来ている。
(銅製の薬研が貫けて人間の腹を斬れぬ道理などあるはずがない)
薬研は歯の奥を噛みしめる。
全ては我が身可愛さ故の畠山の手落ちだろう、と薬研は考えていた。
(それを俺っちのせいにして、なまくら呼ばわりして――)
生々しい感情が薬研にまとわりつく。
――思えばあの頃から俺っちは、既にヒトらしい感情を備えていたのだろう。
薬研を貫いたのは激しい承認欲求の表れだ。
“俺っちはなまくらなんかじゃない。俺っちを使え”
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