Kiss me please
□不二山嵐
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『キス――不二山くんの場合』
午後の教室に穏やかな陽光が降り注ぐ。
「じゃあ〜、木下。次、読んでみろ」
「はい」
肩までの長さで切りそろえた髪を揺らしながら、あいつが立つ。
「“男は言った――”」
高過ぎない声で、時折抑揚をつけながらゆっくりと教科書を読み始めた。
初見のはずなのに、そんなことを感じさせずスムーズに読み進めていく。
(そういう器用なとこ、あるよな……)
教科書の文字を目で追いながらあいつの声を聴いている内に、だんだんと目の前が朦朧としてくる。
「不二山くん」
「あ、翔子」
朗読していたはずの翔子に声を掛けられ、我に返った。
周りの級友たちは帰り支度を始めている。
「あー、俺、寝てたか……」
「うん、気持ち良さそうに寝てた」
誰のせいでと思わなくもないが、くすくすと笑う翔子の顔を見ていたら、異議を申し立てるのも野暮な気がしてきた。
「よし、じゃあ部活行くか」
「うん」
器用な敏腕マネージャーが力強く頷く。