桜の花

□欲
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「大丈夫だ」
自分はやれる、と審神者である少女を薬研は見据えた。
「あんたも、俺っちをなまくら扱いするんなら、」
腰の短刀を抜き少女の喉元に突きつける。
「今度は、あんたの大事なものを斬ってやる」
薬研の瞳が強い光を放つ。
「私の大切なもの……」
少女は喉元の刃にも薬研の瞳にも憶することなく、ぽつりと呟いた。
「ええと……それは、薬研自身を斬るということ?」
おずおずと少女は確認を取る。
「ハッ!神相手に嘘が通るとも?」
薬研は皮肉気な笑みを浮かべた。
「あんたにとって本当に大事なものが俺っちなら、俺っちは腹を斬るさ。……だけど、あんたの大切なモンは他にいるだろ」
(なんで。どうして)
薬研は今までこの身体と上手く付き合えていると思っていた。
しかし、笑みも声も張り付いたようにうまく操ることができず、胸がむかむかするのを抑える事ができない。
「そんなこと、ない」
「……まぁ、俺っちは戦場に出られれば、それでいい」
――そうだ。それだけでいいはずだ
一体自分の怒りの矛先はどこに向かっているのかと、薬研は自身を落ち着かせるようにひとつ息を吐く。
「……分かった」
しばらくの熟考のあと、審神者は薬研の要求を呑んだ。
「その代わり、国広を隊長につけるから」
薬研がほっとして短刀をしまい込む間もなく、少女はくるりと身を翻す。
拒否を許さない言葉に薬研は一瞬手を止め、諦めたようにため息をついた。
「……ああ」
背中の半分を隠すつやつやとした黒髪が揺れるのを薬研は黙って見送った。
――それだけで良かったはずなのに。
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