例えば家が近所であるとか、同じマンションに住んでいるとか、そういうようなことがあったとしても。
隣に住んでいる住人とすら不思議と顔を会わせるタイミングの無い冷めた街の中で、家を引っ越した僕と、普通の生活を続けているであろう彼女が再び会う確率なんて、考えるだけ無駄みたいなものだった。
複雑に交錯する人の世、上から見れば交差していた線も、横から見ると結構大きな隙間が合ったりするものなのだろうと思ったりする。
絡み合っているのは限られた存在ばかりで、雷光さんとか、雪見さんとか、宵風君とか、そう言ったような、とてもとても身近な人たちだけだ。
僕と彼女が二度目に巡り合う要素は、微塵にもない。
僕と彼女の線が重なる点は皆無に等しい。
可能性は想像にも及ばず、ただ“もうありえないんだ”という結論に、僕の恋心は終わりを告げた。
その、はずだった。
僕は驚きを隠せなかった。
灰狼衆の招集に、彼女が姿を現したその瞬間。
いや、驚き、なんて簡単な言葉では言い表せない、身体が硬直するような感覚……まだ足りない、心臓が本当に止まったかと思ったんだ。
脳の細胞が全部機能停止して、ひたすら、「僕は彼女を知っている」という言葉だけが頭の空洞を埋め尽くす感じ。
なぜ。
どうして。
まさかそんな。
生まれるべく言葉も生まれずに、僕はただ彼女から目を離すことも出来なくて、彼女もまた同じような顔をして、声すら出せないでいる僕を見つめていた。
そして最後にその唇が、
「目黒くん……」
間違いなく僕の名前を呼んだんだ。
頬が熱い。
耳も熱い。
目も熱い。
身体全身が焼け付くようだ。
背中ばかり見ていたはずの彼女の姿。
なのに、その綺麗な輪郭だとか、切れ長の目だとか、控えめな唇だとか、何から何まで全部鮮明に頭に残っていた。
“どうして”なんて、考えるまでもない。
僕はそれだけ、彼女が好きだったから。
彼女と僕の再会、あるはずもないと思っていたことが現実になる、これもまた人生に起こり得る一つの偶然。
x軸とy軸に奥行きを足した世界で、一瞬だけ絡み合った、けれど、そう、人の世にいくらでも存在している、所詮はただの巡り合わせだ。
でも僕はその時知ったんだ。
二度目の偶然は、運命に変わる。
fin.