dream2

□c2=f
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2=f』(偶然二乗)







 偶然というのは常に人の周囲を取り巻いているものだ。

 当然のように存在し過ぎていて、誰もその巡り合わせに気づけずいるだけで。

 例えば、僕がこの世界に生まれ落ちたそのことも偶然で、母の子であったのも当たり前であり偶然。

 保育園に通い、小学校に通い、担任の先生が教壇に居るのも、三十人のクラスメイトが教室を埋めているのも、ごくごく自然でありふれた社会の光景ではあるけれど、黒縁眼鏡で少し細身で、「なるほど」が口癖の人の良い男性教師が僕のクラスの担当だったことも、喧嘩が日常茶飯事でも結局みんな仲の良かったクラスメイトに囲まれていたことも、全てが当然のようにそこにあり、でも全てがたまたま集まったものだった。

 廻りめくこの時代と、広大な世界のx軸とy軸を掛け合わせた一点で僕らが出会えたのが、大きな一つの流れに添ったごく当然の導きによるものだとしても、必然と呼ぶには理由の少なすぎる出来事ばかりだ。

 でも、誰かが運転をしているバスに乗っている時、誰かが育てた野菜を食べている時、誰もそれを考えて生きようとはしない。

 それが人の、当たり前の人生だからだ。



 中学一年の春、苗字の頭文字が近かった彼女が僕の前の席だったことも、学生であれば何度だって経験するような、何気ない一生のうちの一コマだった。

「おはよう」の挨拶や、たまに振り向いて「今何ページ?」と聞かれる以外に会話の無い僕らだったけど、僕の目にはいつでも彼女の背中が映っていて、それは謂わば風景であるかのように自然体で、何の特別もないもの、でも風邪をひいて欠席の時はどこか世界が物足りなくて、それはなければならない大切なものなんだと、僕の前に彼女の姿が見えない時はいつもそう思い知らされていた。

 背中を丸めて眠るくせに、起きてるときは姿勢の良い彼女。

 ペンを回すのが癖なのに、よく床に落としていた彼女。

 席に着くときにはブレザーを必ず脱いで、暑い日にはセーターを腰に巻く彼女。

 白い下着がブラウスから透けているのに、気づかないで僕を困らせ続けていた彼女……。


 手に負えないほどに際限なく広がるこの世界で、たった一つ、自分が目にした小さな小さな視界の片隅で芽吹いた恋だった。

 彼女を意識するようになった僕だけど、結局は背中を見つめ、時に目を逸らしたくなるような想いを心臓に秘めて――秘めた、まま。

 彼女と席が前後になったのは一度きりだ。

 クラスが一緒になったのも一度きり。

 たまに顔を見れば手を振ってくる彼女に、どこか目線をそらしたようにはにかんでやり過ごすような距離は、学年を重ねれば遠ざかるばかりだった。

 最後に顔を合わせたとき、廊下ですれ違った彼女がブラウスの下にピンクのキャミソールを着ていたのが目について、僕は余計に恥ずかしくなって目を伏せ挨拶もしないままに、何も言わずに通り過ぎたっけ。

 その後僕はすぐに学校に行かなくなって、復讐に生を燃やして死にかけて、雷光さんに出会って、そのまま。

 彼女は僕の思い出の中の存在となり、僕もまた、彼女の記憶の一部となった。




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